権利者の利益を通常害さないと評価できる行為類型として一つ目に規定されたのが新30条の4です。
新30条の4の規定は,AIによる深層学習,リバースエンジニアリング,コンピュータシステムのバックエンドにおける著作物の利用の他に,楽器の開発のために試験的に楽曲を演奏する行為,美術品の複製に適したカメラ,プリンターなどを開発するために美術品を試験的に複製する場合等が想定されています。
新30条の4では,以下のとおり規定されています。
著作物は,次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には,その必要と認められる限度において,いずれの方法によるかを問わず,利用することができる。ただし,当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は,この限りでない。
- 著作物の録音,録画その他の利用に係る技術の開発又は実用化のための試験の用に供する場合
- 情報解析(多数の著作物その他の大量の情報から,当該情報を構成する言語,音,影像その他の要素に係る情報を抽出し,比較,分類その他の解析を行うことをいう。第四十七条の五第一項第二号において同じ。)の用に供する場合
- 前二号に掲げる場合のほか,著作物の表現についての人の知覚による認識を伴うことなく当該著作物を電子計算機による情報処理の過程における利用その他の利用(プログラムの著作物にあっては,当該著作物の電子計算機における実行を除く。)に供する場合
1号は旧30条の4の規定(公表要件を削除)が例示として示され,2号は旧47条の7の規定(「統計的」解析という目的を削除)が例示として示され,3号は新たに設けられた規定です。
「思想又は感情の享受」にあたるか否かは,著作物等の視聴等を通じて,視聴者等の知的又は精神的欲求を満たすという効用を得ることに向けられた行為であるか否かによって判断されます。
すなわち,人が知覚によって著作物の表現を認識し,それにより表現の背後にある思想・感情を受取っていると評価することができるか否かによって判断されることになるのです。
本条では,「思想又は感情の享受」を「目的としない場合」と規定されているため,付随的に「思想又は感情の享受」を目的としている場合にも本条により著作権が制限されることはありません。
「思想又は感情の享受」にあたるか否かの認定は,行為者の主観のみによって判断されるのではなく,実際の利用行為の態様や利用に至る経緯などの客観的,外形的な状況も含めて総合的に考慮されると考えられています。
あくまで著作物の利用は,「思想又は感情の享受」以外の目的で必要と認められる限度の利用でなければなりません。 必要と認められる限度を超えた利用は,「思想又は感情の享受」の目的が付随的にともなうことになるので当然のことであると言えます。
本条の制限規定が適用されない「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」には,人が知覚していなくてもその機能の利用により効用を得ることができるプログラムの実行,情報解析を行う者の用に供するために作成されたデータベースの著作物を情報解析の用に供するものが考えられます。