知的財産
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進歩性の判断方法3

出願対象となる「発明の要旨」の認定

進歩性の判断においては、まず、出願の対象となる「発明の要旨」の認定を行うと説明しました。この「発明の要旨」は、特許法上の用語ではありません。

特許出願の審査過程や特許処分の見直し過程では、発明が特許要件を満たしているか否かが判断されるのですが、その判断を行う際の発明の把握が「発明の要旨」の認定といわれるのです。

発明の要旨認定の方法

「発明の要旨」の認定は、請求項を基にして判断されます。

ところで、特許法70条1項では、「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」と規定され、同条2項では、「前項の場合においては、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。」と規定されています。

それでは、「発明の要旨」の認定においても、特許法70条のとおり認定していくことになるのでしょうか。

最高裁平成3年3月8日「リパーゼ事件」判決では、次のように判示されています。

「特許法29条1項及び2項所定の特許要件、すなわち、特許出願に係る発明の新規性及び進歩性について審理するに当っては、この発明を同条1項各号所定の発明と対比する前提として、特許出願に係る発明の要旨が認定されなければならないところ、この要旨認定は、特段の事情のない限り、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである。特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することかできないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない。」と判示し、「特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することかできない」場合や、「一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合」にのみ明細書の参照が許されるとしています。

本判決以降、特許出願の審査過程や特許処分の見直し過程においては、上記した基準で「発明の要旨」の認定が行われてきました。

そして、様々な場面で、特許請求項に記載された発明は、出願人が特許権の付与を求める発明の範囲を自ら決定したものであるため、審査や特許処分見直しの過程においては、「リパーゼ事件」判決が是認できると理解されています。

70条2項との関係

他方、特許請求項の解釈においては、70条2項のとおり明細書の記載及び図面を考慮されおり、これを否定する者はいないと思います。
すなわち、特許出願の審査過程や特許処分の見直し過程においては特許請求の記載のみ、特許請求項の解釈の場面では明細書の記載及び図面を考慮して解釈がなされているのです。

個人的には、特許出願の審査過程や特許処分の見直し過程においては特許請求の記載のみ、特許請求項の解釈の場面では明細書の記載及び図面を考慮して解釈する、という使い分けは釈然としないところがあります。

そもそも、「リパーゼ事件」判決は、特許法36条5項2号において、「特許請求の範囲には、特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみに記載しなければならない。」と規定されていた当時の判決です。

ところが、当該規定は、現在、「第2項の特許請求の範囲には、請求項に区分して、各請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない。」と改正されています。

すなわち、特許請求項には「発明の構成に欠くことがきでない事項」ではなく、「発明を特定するために必要と認める事項」を記載すればよいことになり、従前と比較して特許請求項の記載につき要件が緩和されているのです。

この結果、「リパーゼ事件」判決のころのように、特許請求項に「発明の構成に欠くことができない事項」が必ず記載されているとは限らないという事態が生じており、明細書の記載を考慮しなければ発明が特定できないという場合も存在します。

となれば、「リパーゼ事件」判決の前提が、法改正により崩れているといえるのですから、本判決を現在の特許法の下でも堅持しなければならないというわけではないと思います。

また、知財高裁において、特許出願の審査過程や特許処分の見直し過程においては特許請求の記載のみ、特許請求項の解釈の場面では明細書の記載及び図面を考慮するという使い分けが本当に可能なのかという問題があります。

別項でも解説しましたが、特許侵害訴訟が提起されると、必ずといってよいほど特許無効審判の申立、特許無効の抗弁の主張がなされます。

そして、侵害訴訟が控訴され、審決取消訴訟が提起された場合、同じ部において両者の判断が行われることになります。このとき、前者においては明細書や図面を考慮して特許請求項の解釈を行いながら、後者については特許請求項のみから発明の要旨を認定することになるのですが、特許請求項の解釈を行いながら、純粋な「発明の要旨」の認定を行うことができるのか、疑問を感じているところです。

知財高裁の傾向

近時の知財高裁の判決では、どのように考えられているのでしょうか。

知財高裁平成19年12月18日「衝突防止用配置を有する装置事件」判決は、
「審決は、その認定した相違点にいう『該当する構成部品の前記駆動手段からの解除を制御する第1の駆動解除信号を発生する』こと及び『駆動解除』を『装置の作動を停止させること』と限定的に理解し、その点(『装置の作動を停止させること』)についてのみ、『格別の技術的意義を見いだすことはできず、設計的事項にすぎない』と判断したものと解されるところ、上記(1)において説示したとおり、請求項1中の『該当する構成部品の前記駆動手段からの解除』との要件は、『構成部品が駆動手段からの接続を解かれて容易に動くことができる状態にすること』を意味するものであるから、審決には、相違点1について、判断を遺脱した違法があるものといわざるを得ない。」と判示されています。

知財高裁平成20年1月31日「放射線感光材料用樹脂の製造方法事件」判決では、
「刊行物1には、①審決が認定した特定の単量体を共重合させて得られる特定の共重合体は具体的に示されていないし、実施例に記載されたものは化学構造が異なること、②刊行物1の請求項2又は段落【0018】〜【0019】に記載された一般式(2)(定義した置換基によるものを指す。)で示されるビニル基含有重合体は、無数の高分子化合物を包含する上位概念であり、審決が認定した特定の単量体を共重合させて得られる特定の共重合体は、その1つにすぎないこと、③仮に、上記①の一般式(2)の重合体について、置換基その他について、より好ましいとされ、又はより具体化された態様に限られるとしても、刊行物1における開示内容は、式中R2及びR4で示される「有橋環式炭化水素基を有する炭素数7ないし12の炭化水素残基」を、表1に記載の「トリシクロ[5.2.1.0 2.6]デカンジメチレン基」、「トリシクロ[5.2.1.0 2.6]デカンジイル基」、「ノルボルナンジイル基」、「ノルボルナンジメチル基(「ノルボルナンジメチレン基」の誤記)」又は「アダマンタンジイル基」から選択できるという程度の限定がされたにすぎず、具体的な開示がされたとはいえないことから、刊行物1には、そのような特定された共重合体の記載はないと解すべきである。したがって、刊行物1方法に係る審決の引用発明の認定には誤りがあり、これに基づいてした審決の一致点、相違点の認定にも誤りがある。」と判示されているのです。

これらはいずれも、特許庁における「発明の要旨」認定と異なる判断を行っており、かかる理由は、「発明の要旨」認定にあたり明細の記載事項を参考にしているからであると思われます。

このように、知財高裁においては、特許請求項のみを基準として「発明の要旨」認定を行った特許庁の判断を覆す判決が散見され、知財高裁においては、「発明の要旨」認定においては、厳密に特許請求項のみからの認定を行っておらず、明細書の記載事項についても参酌していると考えることができるのではないでしょうか。

今後、知財高裁において「発明の要旨」認定に関する判断が示されることを期待したいと思います。

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