知的財産
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進歩性の判断方法2

進歩性が認められる事由

容易想到性阻害事由

技術分野の関連性、課題の共通性、作用・機能の共通性、引用発明の内容中の示唆がある場合には、単なる組合わせ、寄せ集め等と判断される方向に働くと説明しました。

しかし、複数の技術的要素によって構成される発明においては、各技術的要素が相互に関連することが一般的です。

そして、このような発明においては、単なる組合せや寄せ集め等と片づけられないものも含まれています。

このような発明が有する性格を考慮して、特許庁の審査基準では、「出願人が引用した発明1と引用発明2の技術を結びつけることを妨げる事情を十分主張・立証したときは、引用発明からは本願発明の進歩性を否定できない。」とされています。

東京高裁の裁判例

ここである発明と他の発明との組合せやある発明の一部の構成を他の発明の構成に置き換えることを、妨げる事情ないし事由のことを、「阻害要因」ないし「阻害事由」と言われています。

つまり、特許庁においては、単なる組合わせ、寄せ集めの発明と推認された場合には、この「阻害要因」ないし「阻害事由」を主張・立証することで進歩性否定の推認が否定されるとされているのです。

裁判所においても、上記した特許庁の考え方と同様の考え方を採用したのではないかと判断できる裁判例が出されています。

東京高裁平成15年1月30日「定規ガイド付きペン事件」判決では、「これらの刊行物には本件発明と刊行物1発明との相違点(2)についての差異を充足するすべての技術思想が開示されていると認められるのであり、これらを組み合わせることを阻害する要因も特段見あたらない。」とされ、

東京高裁平成15年10月15日「無煙ロースタ事件」判決でも、「互いに技術分野を同一とするか、又は極めて近接するものであるから、これらの技術事項を相互に適用することを阻害する特段の事情のない限り、その適用は当業者にとって容易であるとい言うべきある。」

と判示されました。

これらの裁判例を見る限り、裁判所においても、技術分野の関連性、課題の共通性、作用・機能の共通性、引用発明の内容中の示唆がある場合には、特許出願人側で阻害要因あるいは阻害事情を立証出来ない限り進歩性が否定されるということになります。

しかし、東京高裁平成15年9月30日「輪体ローリング成形装置事件」判決では、

「進歩性の判断をする際、対象となる発明と引用発明との技術分野に関連性があること、課題の共通性があることなどの事情があれば、想到容易性がより肯定されやすく、進歩性否定の判断につながりやすいといえる。しかし、これらの事情は、進歩性判断のひとつの観点であるにすぎず、これらを具備しない限り、進歩性を否定し得ないというものではない。」と判示しています。

この判決では、特許庁や前記した二つ高裁判例とは異なり、必ずしも阻害要因や阻害事由を立証しなくとも想到容易性が否定される場合があると判断しているのです。

知財高裁の裁判例

知財高裁平成18年6月29日「紙葉類識別装置事件」判決において、

「審決の判断は、おそらく、紙葉類の積層状態検知装置と紙葉類識別装置を共通あるいは密接に関連した技術分野のものであるとの考えを前提にするものと思われる。」しかし「その機能、作用、その他具体的技術において少なからぬ差異があるものというべきである。したがって、紙葉類の積層状態検知装置及び紙葉類識別装置は、近接した技術分野であるとしても、その差異を無視し得るようなものではなく、構成において、紙葉類の積層状態検知装置を紙葉類識別装置に置き換えるのが容易であるというためには、それなりの動機付けを必要とするものであって、単なる設計変更であるということで済ませられるものではない。」と判示され、「単なる設計変更」と認定することにつき非常に厳格な判断がなされています。

知財高裁平成18年10月11日「有機発光素子用のカプセル封入材としてのシロキサン及びシロキサン誘導体事件」判決では、「刊行物1の上記記載によれば、引用発明1bのオーバーコート層は、光散乱部の凹凸面を実質的に平坦化し得るものでなければならないが、引用発明3のシロキサンが、その形成方法や膜厚を含めて平坦化に適した特質を有することを認めるに足りる証拠はなく、却って、上記刊行物3の記載や特開平1ー307247号公報の記載に照らすと、平坦化には適さないことが窺われる。そうすると、たとえ、引用発明1bも引用発明3も発光部分(引用発明1bの有機EL素子、引用発明3の積層構造体)が被覆層(引用発明1bのオーバーコート層、引用発明3のシロキサン)に覆われているものであり、また、引用発明1bと引用発明3とは、有機発光素子という同一技術分野に属しているとしても、それだけでは、引用発明1bのオーバーコート層に換えて引用発明3のシロキサンを用いることが、当業者にとって容易になし得たと論理付けることはできない。」として、「単なる組合せ」と認定することにつき厳格な判断を行っています。

知財高裁平成19年9月12日「燃料電池用シール材の形成方法事件」判決では、「カーボン材は脆く機械的強度が低いため、カーボンからなる燃料電池用セパレータは、破損し易いものであるために、加工コストが高くなるとともに量産が困難であると認識されていたといえる。そして、引用発明のセパレータは、厚さ0.3mm程度の金属材料を使用し、それに対して射出成形を施すことを前提とし、その条件も『300kgf/平方センチメートル』といった高圧で射出材料が金型内に射出されるものであること、他方、カーボンからなる燃料電池用セパレータは、破損し易いものであると認識されていたことからすれば、当業者にとって、カーボン材からなる『カーボングラファイト』を射出成形装置に適用した場合には、カーボン材が有する機械的な脆弱性によって破損するおそれが大きいと予測されていたものと解される。したがって、引用発明の射出成形による成形一体化工程において、金属製セパレータに代えてカーボングラファイト製セパレータを射出成形装置に適用することには、技術的な阻害要因があったというべきである。」として阻害要因を認める判断がなされました。

知財高裁平成20年3月12日「再帰反射製品、その製造方法、及びそれを含む衣服製品事件」判決では、「本願発明の意義ないし技術的特徴に鑑みれば、相違点1に係る本願発明における着色バインダー層の構成は、蛍光色を典型とする目立つ色で着色されることを予定しており、しかも第2セグメント部分において従来技術のものよりも高い再帰反射性を有することが期待されていることからすれば、少なくとも着色バインダー層が透明ないし光透過性のものであることは予定されていないと認められる。そうすると、引用発明の光透過部分を本願発明の着色バインダー層のように蛍光色を典型とする目立つ色で着色し、光透過性でないものにすることは、引用発明の必須の構成である光透過部分の光透過性を喪失させることにほかならないから、相違点1の構成を引用発明から容易想到ということはできない。」と判示されています。

以上の傾向から、引用例の組合せや置き換えについては、技術的関連性を前提にした有意的な判断が行われていると考えることができると思います。

従前と比較して、審決取消訴訟において、特許庁が進歩性否定の立証を行うこと困難になっていると評価できるのではないでしょうか。

有利な効果の参酌

技術分野の関連性、課題の共通性、作用・機能の共通性、引用発明の内容中の示唆がある場合には、単なる組合わせ、寄せ集め等と判断される方向に働きます。

しかし、引用発明と比較した有利な効果が、技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものである場合があります。

例えば、引用発明特定事項と請求項に係る発明の発明特定事項とが類似していたり、複数の引用発明の組み合わせにより、一見、当業者が容易に想到できたとされる場合であっても、請求項に係る発明が、引用発明と比較した有利な効果であって引用発明が有するものとは異質な効果を有する場合、同質の効果であるが際だって優れた効果を有し、これらが技術水準から当業者が予測することができたものではない場合がこれにあたります。

特許庁の判断

特許庁の審査基準においては、「引用発明と比較した有利な効果が明細書等の記載から明確に把握される場合には、進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として、これを参酌する。」とされています。

ここで、引用発明と比較した有利な効果とは、発明を特定するための事項によって奏される効果(特有の効果)のうち、引用発明の効果と比較して有利なものをいいます。

具体的には、請求項に係る発明が引用発明と比較した有利な効果を有している場合には、これを参酌して、当業者が請求項に係る発明に容易に想到できたことの論理づけを試みます。
そして、請求項に係る発明が引用発明と比較した有利な効果を有していても、当業者が請求項に係る発明に容易に想到できたことが、十分に論理づけられたときは、進歩性が否定されるのです。

特許庁においては、引用発明と比較において顕著な作用効果が認められるか否かにより判断されており、裁判所においても同様の基準で判断されているものが相当数存在します(東京高裁平成15年3月6日「液体流路を有する装置の気泡除去方法及びその装置事件」判決、平成15年11月20日「可変容量圧縮機事件」判決等参照)。

裁判所の判断

裁判例においては、出願対象となっている当該発明の構成を基準に、当業者が作用・効果を予測できるか否かにより判断しているものが多数存在し(東京高裁平成15年4月8日「鉛入り積層ゴム支承の構造事件判決、東京高判平成15年5月22日「改良無援型索引棒組立体事件」判決、東京高裁平成15年6月19日「シャフト状装填材料予熱装置付溶解プラント事件」判決等参照。」)、係る立場が多数派ではないかと言われることもあります。

仮に、出願対象の発明の構成を基準に予測困難な作用効果が認められる場合にのみ進歩性が認められるとすれば、機械分野においては、容易想到性が推認されれば、顕著な作用効果を理由に進歩性が認められることは殆どないことになってしまいます。

特許法29条2項は、「特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたときは、その発明については、同項の規定にかかわらず、特許を受けることができない。」と規定されていますので、進歩性の判断はあくまで引用発明との対比において行うべきであると考えます。

いずれにせよ、顕著な作用効果の存在を根拠に進歩性否定の推認を覆すのに効果的なのでは数値限定発明や選択発明の場合であり、それ以外の分野では非常に難しいと言われています。

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