交通事故
社外取締役読本

内部統制システムの役割

取締役の善管注意義務との関係

大会社最終事業年度にかかる貸借対照表に資本金として計上した額が5億円以上,あるいは,最終事業年度に係る貸借対照表の負債の部に計上した額の合計額が200億円以上の株式会社においては,である取締役設置会社は,取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務並びに当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備を行う必要があります(法362条4項6号)。

そして,監査委員等設置会社及び三委員会設置会社においては,大会社であるか否かを問わず,これらの整備を行う必要があります(399条の13第1項1号ロ・ハ,416条1項1号ロ・ホ)。

この「取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務並びに当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制」が内部統制システムと呼ばれるものです。

それでは,内部統制システムの会社における役割とは何なのでしょうか。
これを考えるにあたり,取締役会を構成する取締役に求められる善管注意義務の内容について理解しておく必要があります。

取締役会は,業務執行役員の職務執行を監督する地位にあります(362条2項2号,399条の13第1項2号,416条1項2号)。 そして,「取締役会を構成する取締役は,会社に対し,取締役会に上程された事柄についてだけ監視するにとどまらず,代表取締役の業務執行一般につき,これを監視し,必要があれば,取締役会を自ら招集し,あるいは招集することを求め,取締役会を通じて業務執行が適正に行われるようにする職務を有するものと解すべきである。」(最判昭和48年5月22日)とされています。

ですから,取締役は,会社の業務執行一般につき,これを監視し,それが適正に行われるよう監視する義務(取締役の監視義務)を負うとされ,これに違反して,業務執行が適正に行われず会社に損害発生した場合には,その損害を賠償する責任を負うことになります。

しかし,取締役が,他の取締役の業務執行の全てを監視することなど事実上不可能です。

そこで,「取締役は,会社の具体的業務執行をみずから個別的に監視することは不可能であるが,会社の業務執行が適正に行われることを一般的に確保するための体制が会社内に設けられているか否かを監視することはできるのであり,このような体制が機能しており,その下で業務執行が不適正なものとなることを疑うべき事情が認められないことに取締役が合理的に信頼する場合には,それによって取締役会の監督機能は,会社の業務執行の適正を確保するために大きな権能を発揮することができる。したがって,取締役の監視義務は,会社の業務執行が適正に行われることを一般的に確保するための会社内の体制を問題とし,そのような体制が存在しているか否か,それが十分に機能しているか否かを中心に考察されるべきである。」,「取締役は,会社の規模,営業の内容及び組織の集中度に鑑み,会社の業務執行が適法に行われていることを確保するために必要と判断される合理的な内部統制組織が存在するか否か,それが所期の目的を達成するために機能しているか否かを確認すべきであり,このことに合理的に満足する場合には,特に業務執行の不適正を疑う事情が存在するときを除いては,監視義務を尽くしたものとして,その違反を理由とする責任を追及されることがないものと解される。」(神崎克郎「会社の法令遵守と取締役の責任」・法曹時報34巻4号)とされています。

そして,近時の裁判例も基本的に上記した考え方に基づいて判断されており,①代表取締役が通常想定される不正行為を防止し得る程度の管理体制を整えていたこと,②不正行為が通常容易に想定し難い方法によるものであったこと,不正行為の発生を予見すべき特別な事情も見当たらないこと,③リスク管理体制が機能していなかったとはいえないこと,に該当する場合には任務懈怠とはいえないと判断されています(最判平成21年7月9日)

すなわち,内部統制システムは,他の取締役の業務執行に対する監督義務の内容を構成するものであり,取締役の善管注意義務違反の有無を判断するにあたり基準となるものなのです。

なお,CGコードにおいては,「取締役会は,適時かつ正確な情報開示が行われるよう監督を行うとともに,内部統制やリスク管理体制を適切に整備すべきである。」(原則4-3),「コンプラインアンスや財務報告に係る内部統制や先を見越したリスク管理体制の整備は,適切なリスクテイクの裏付けとなり得るものであるが,取締役会は,これらの体制の適切な構築や,その運用が有効に行われているか否かの監督に重点を置くべきあり,個別の業務執行に係るコンプライアンスの審査に終始すべきではない。」(補充原則4-3④)とされています。

業務執行の効率性との関係

内部統制システムに関する決議事項には,当該会社及びその子会社の取締役の職務執行の効率性に関する体制があります。
職務執行の効率性は,職務執行の適正とは明らかに質の異なるものです。

そもそも,内部統制システムの中核的機能は,取締役の善管注意義務違反の有無を判断するところにありますが,それに尽きるものではありません。

この点,コーポレートガバナンスコード(CGコード)においては,上場会社の取締役は,株主に対する受託者責任・説明責任を踏まえ,会社の持続的成長と中長期的な企業価値の向上を促し,収益力・資本効率等の改善を図るべく,経営陣幹部による適切なリスクテイクを支える環境整備を行うことを求めており(基本原則4あくまで取締役が法令・定款の範囲内で行われた職務執行に適用される原則であり,取締役に法令・定款違反が認められる場合には適用されません),「取締役会は,経営陣幹部による適切なリスクテイクを支える環境整備を行うことを主要な役割・責務の一つと捉え,経営陣からの健全な企業家精神に基づく提案を歓迎しつつ,説明責任の確保に向けて,そうした提案について独立した客観的な立場において多角的かつ十分な検討を行うとともに,承認した提案が実行される際には,経営陣幹部の迅速・果断な意思決定を支援すべきである。」(原則4-2)とされています。

そして,会社の持続的成長の前提として,「上場会社は,社会・環境問題をはじめとするサステナビリティ(持続可能性)を巡る課題について,適切な対応を行うべきである。」(原則2-3),「取締役会は,サステナビリティ(持続可能性)を巡る課題への対応は重要なリスク管理の一部であると認識,適確に対処するとともに,近時,こうした課題に対する要請・関心が大きく高まりつつあることを勘案し,これらの課題に積極的・能動的に取り組むよう検討すべきである。」(補充原則2-3①)とされています。

すなわち,取締役会は,単に取締役の職務執行の適正性に関する監督を行うだけでなく,適切なリスクテイクを支える環境整備を行い,経営陣による健全な企業家精神に基づく迅速・果断な意思決定を支援し,会社の持続的成長を図ることも求められており,その前提としてサステナビリティ(持続可能性)を巡る課題へ積極的・能動的に取り組むことも求められているのです。 上場会社における職務執行の効率性は,株主の利益に直結するものではあるものの,上記した事項にも関係するものでもあることから,現在においてはCGコードの要請を実現するものとして考えるべきであり,CGコードを実現するものとして法(規則)により取締役会の決議事項とされていると理解することができるのではないかと考えています。 リスクを伴う経営陣による健全な企業家精神に基づく迅速・果断な意思決定を行った結果,会社に損害が発生した場合,行為当時の状況に照らして合理的な情報収集・調査・検討等が行われたか,その状況と取締役に要求される能力水準に照らして不合理な判断がなされなかったかを基準に判断し,当該状況下で事実認識や意思決定過程に不注意がなければ,当該取締役は責任を問われないという経営判断の原則が適用されます。 また,情報収集・調査・検討等に関する体制が十分に整備されていれば,特段の事情がない限り,取締役は,他の取締役や使用人等から提供された情報・調査・検討等の結果を信頼することができ,これに依拠して意思決定を行ったとしても,当該取締役は責任を問われないという信頼の原則が適用されます。 すなわち,上場会社における内部統制システムは,取締役の善管注意義務違反の有無を判断するにあたっての基準として用いられるものに留まらず,経営の原則,信頼の原則を前提に,会社の持続的成長と中長期的な企業価値の向上を促し,収益力・資本効率等の改善を図るために,経営陣幹部が,リスクの伴う経営判断を迅速・果断に行うことを支援するためのものであるともいえるのです。

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