医療過誤
医療過誤

確定診断を目的とした手術のミス

  • 経尿道的膀胱腫瘍の診断目的の手術において診断目的を超えた腫瘍の切除を行った過失
  • 東京地裁平成15年3月26日判決
  • 1,782万円の支払いを命じた事例

ケース

【手術の経緯】

母は、4月上旬から下腹部痛があり、尿の混濁がみられ、4月29日、前日から水状の下痢があり、尿と一緒にすぐに排泄してしまい自制できない、腹痛があるなどの症状を起こし救急車で病院に搬送されました。

5月1日には、母の腹痛は、ほぼ治まりましたが、頻便、頻尿が続きました。

5月26日以後、頻尿、排尿痛の増強、血尿等がみられました。

6月5日に実施された膀胱鏡検査の結果、母の膀胱に広基性で表面が泡胞状の拇指頭大の腫瘍が発見されました。

6月6日に実施された骨盤腔CT検査では、癌らしい影が認められるとともに、前日の検査の際の造影剤が直腸に流入していることが判明し、膀胱と直腸に交通があることが確認されました。
母は、約40年前に子宮筋腫で子宮摘出手術を受けていたところ、手術部位である膣の断端から膀胱と直腸が癒着を起こし炎症を生じていることも確認されました。

【手術】

医師は、膀胱に広基性で表面が泡胞状の拇指頭大の腫瘍があること、膀胱直腸瘻が存在すること、膣の断端から膀胱と直腸が癒着し炎症を生じていること等から、経尿道的膀胱腫瘍切除(TUR-Bt)によって腫瘍が全部切除できるとは考えておらず、膀胱の腫瘍部分及び膀胱直腸瘻が存在する部分の組織を採取して病理組織検査を行い、癌が認められるのであれば内臓全摘、化学療法、放射線療法等を検討し、膀胱直腸瘻が存在する部分が腫瘍ではなく炎症を起こしているにすぎない場合には人工肛門で対処するなどの今後の治療方針を確定する目的の下、TUR-Btを実施することにしました。

6月14日に手術を実施したところ、膀胱壁、膣の断端部と直腸の炎症部が癒着し、その間が腫瘍状となっており、膀胱内に腫瘍の一部が突出した状態でした。
医師は、癒着部位に接するところの膀胱内に突出した腫瘍全部を膀胱壁のぎりぎりの所まで切除しました。

【術後の経過】

手術終了直後から、母には、腹痛と腹部の膨張がみられ、肛門から血性粘液物の流出がありました。
そして、腹部超音波検査を実施したところ、腹腔内に腹水貯留が著明に認められ、腹膜炎を起こし始めていることが判明しました。

そのため、母に対して開腹手術が行われ、膀胱穿孔閉鎖術が行われ、腹腔内から潅流液1,000mlを吸引し、直腸子宮窩にドレーン2本を留置し、膀胱にカテーテルを留置するなどして閉腹しました。
なお、開腹したところ膀胱の切除部に穿孔が認められ、留置カテーテルが腹腔内に突出していました。

また、腹水が著明でしたが漿液性で透明であり、肉眼的に便が漏れた状態は認められませんでした。
そして、腸管が膀胱後壁と小骨盤腔下部に強固に癒着し、直腸との瘻孔の有無の確認は困難な状況で、切除を行った膀胱壁部には明らかな腫瘍の残りは認められませんでした。

6月15日以降、母には腹満があり、時々新鮮な血尿、茶色で便臭の疑われる尿がみられるなどの状態があり、腹膜炎の状態であると診断されました。

母から悪寒、腹痛増強等の訴えがあり、膀胱洗浄中、留置ドレーンから便の混じった分泌物が流出するなどがあったため、腹膜炎に対する緊急手術として、人工肛門造設術、ドレナージ、直腸瘻閉鎖術が実施されました。

しかしながら、母は、6月17日、腹膜炎から敗血症を発症し、多臓器不全を併発して、死亡しました。

質問

TUR-Btは、診断目的で行われた手術でしたので、腫瘍の摘出を行うように膀胱壁のぎりぎりのところまで切除する必要はなったと思うのです。
母は、膀胱壁のぎりぎりのところまで腫瘍を切除されたために腹膜炎となり、敗血症を発症し、多臓器不全を併発して亡くなりました。

医師に責任はないのでしょうか。

説明

まず、裁判所は、平成12年6月14日にTUR-Btを施行する以前には、子宮切除術の手術痕の癒着部位に膀胱直腸瘻が生じており、膀胱と直腸との交通があったものの、腹水の貯留等もなく、膀胱に穿孔が生じていた形跡はなかったこと、医師がTUR-Btを行っていた際にも、肉眼で判断されるような穿孔による潅流液の流出や膀胱の縮小はなかったが、TUR-Bt終了直後から母には腹痛と腹部の膨張がみられ、超音波検査では腹腔内に腹水貯留が著明に認められ、腹膜炎を起こし始めている状態となっていたこと、膀胱穿孔閉鎖術の開腹時には腹水が著明であり、潅流液1,000mlを吸引したことなどから、TUR-Bt実施の際に、膀胱に穿孔が生じたことは明らかであると認定しました。

また、TUR-Bt実施の際に膀胱に穿孔が生じたのは、医師が、患者の膀胱壁のぎりぎりのところまで腫瘍を切除した結果、膀胱壁と腹腔の間に隙間ができて膀胱に穿孔が生じたためであると認定しました。

そして、TUR-Btの術中合併症のうちで最も注意すべきは膀胱穿孔とされており、その場合の多くは腹膜外の前立腺や膀胱の周囲に潅流液や尿が溢流することであり、腹膜腔内に穿孔することはまれであること、膀胱穿孔を避けるためには切除のしすぎに注意を要するとされ、膀胱筋層の中間を超えた深層浸潤腫瘍は、TUR-Btによる完全切除は困難であり、かつ、転移を起こしていることが多いので、深追いせずに膀胱腔内腫瘍の切除の程度にとどめ、病理学的検索の結果に従って膀胱全摘除術、放射線療法又は化学療法を考慮するのがよいとされていること、約40年前に受けた子宮摘出手術のため、膀胱と直腸が癒着し、炎症がみられたこと、子宮摘出手術の手術痕の癒着部位に膀胱直腸瘻が生じていたことにより、周辺組織が不分明であったり、組織の損傷を生じやすいなど膀胱に穿孔を起こす危険性が高かったこととし、TUR-Btを実施したのは、診断確定を目的にしたものであったことから、組織診断に必要な限度で制限的に切除を行うなどして腫瘍の切除しすぎに気を付け、特に、膀胱壁内部に向かって腫瘍を切除するについては、瘻孔を破綻させたり、周辺組織に切除を進めすぎないようにして、穿孔等の危険を極力避けるべき注意義務を負っていたというべきであると判断しました。

裁判所は、診断目的に必要な量を超えて、膀胱壁ぎりぎりまで腫瘍の切除を行った点に過失が認められると判断し、損害賠償として1,782万円の支払いを命じました。

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