医療過誤
医療過誤

診療契約関係にない者への説明義務

  • 小児科における診療契約関係にない両親に対する説明義務
  • 東京地裁平成15年4月25日判決の事例を参考
  • 1,760万円の支払いを命じた事例

ケース

【長男の経過】

私は、平成4年1月26日、長男を出産しましたが、出産後1ヶ月ほどして水平方向の眼振が生じました。
私は、長男を出産した総合病院で診察を受けましたが、原因は判明しませんでした。

その後、私は、平成5年6月23日、知人から紹介された病院で長男の診察を受けました。
その病院では、初診時からPM病を疑い、私にPM病の疑いがあること、PM病について、脳神経を包む絶縁体が不十分で混線しているような状態等と説明してくれましたが、その原因については、明確に説明してもらえませんでした。

長男は、6月28日にABR検査を受けたところ、PM病の特徴である脳波の?波以降の反応が弱いことが判明しました。
そして、医師は、7月13日、私に対し、検査結果を説明し、PM病の疑いが強くなったことを説明しました。

その後、私は、ほぼ2ヶ月に1度の割合で病院に通い、長男の身体的状況及び知能の発達状況について診察を受け、日常生活の指導も受けていました。

【長男の症状】

長男は、平成6年2月28日当時、重度の失調型脳性麻痺であり、定頭や座位等重力に抗して姿勢を保つ能力が不十分であり、立位や座位が不可能に近い状態にありました。

また、同年4月28日当時には、失調四肢麻痺で座位、立位などの安定姿勢の保持、協調的な上肢の使用は困難な状態にあり、言語面では、簡単な会話だけを理解し、単純な返事ができる程度でした。

長男の症状は、年とともに悪化傾向にあり、平成15年の時点でも意思疎通が困難な上、快、不快程度しか判断できないほか、自力で立ったり歩行することはできないため、移動するときには、車いすを必要とし、食事、入浴についてもすべて介助が必要であって、排泄についてもおむつを常に必要とするという状態で、PM病の根本的治療方法がないことから、今後もその症状が進行していくと思われます。

【次男の出産】

私は、平成6年ころ、次の子供を産みたいと考えていましたが、長男の病気が遺伝する病気ではないかとの不安がありました。

そこで、私は、平成6年11月8日、長男が通う病院に子供を作って大丈夫か確認したのです。
担当医は、私や夫の家族に長男と同様の症状を持つ者がいないことを確認し、「私の経験上、この症状のお子さんの兄弟で同一の症状のあるケースはありません。かなり高い確率で大丈夫です。もちろん、交通事故のような確率でそうなる可能性は否定はしませんが。兄弟に出ることはまずありません。」と説明しました。

なお、長男の担当医は、平成7年6月、長男がPM病に罹患していると確定診断しました。ただ、平成7年10月の遺伝子解析検査では、陰性であるとの結果が出ました。

私は、平成7年9月、次男を身籠もり、平成8年1月の長男の受診の際には担当医に妊娠していることを伝えました。
ところが、担当医からは、何の説明もないまま、平成8年7月に次男を出産しました。

なお、次男は、PM病に罹っておらず健常です。

【三男の出産】

私は、平成11年1月に三男を妊娠し、7月には長男の担当医に妊娠していることを伝えましたが、特段の説明もありませんでした。

私は、平成11年10月、三男を出産したところ、出産後間もなく三男に眼振が現れ、長男と同様の症状が現れ、PM病であると診断されました。

質問

私は、長男の担当医に対し、次男や三男を妊娠したとき、妊娠していることを告げました。
私としては、生まれて来る子供に長男のような症状が現れないか心配で担当医に妊娠していることを告げたのです。

ところが、担当医は、PM病が遺伝病であること、三男にPM病が現れる可能性があることを一切説明してくれませんでした。

私は、担当医からPM病についての詳しい説明や、三男にも発症する可能性があることを教えてもらっていたら、三男を設けること自体考えていたはずです。
私に十分な説明をしなかった担当医に責任はないのですか。

説明

【PM病の症状及び病態】

PM病は、脳内の白質(神経繊維が多くある部位を指します。)中の髄鞘(ミエリンともいう。神経線維を被う膜を指します。)の成分を構成する主な蛋白質の一つであるプロテオリピッド蛋白(以下「PLP」という。)がうまく作られないため、髄鞘が、形成不全ないし脱髄を示すという極めてまれな中枢神経系の疾患で、多くの場合進行性を有するものです。

その特徴としては、出生後早期から眼振(多くは水平方向である。)が目立つこと、運動障害が続き、知的発達障害も伴いやすいこと、年を経るにしたがって、痙性も出てくること等が挙げられます。

PM病は、症状の強さ、発症時期から、乳児期に発症し一定の発達はしながら症状もはっきりしていく古典型、出生時から非常に重篤な障害が目立つ先天型、古典型と先天型の中間型ないし移行型、成人型等に分類されます。

PM病の検査方法としては、ABR検査及びMRI検査があります。

【原因】

PM病発症例の約20%は、PLPの産生を調整するPLP遺伝子の異常によるものであると考えられています。

PLP遺伝子は、X染色体の長腕のXq22という部位に存在することから、PLP遺伝子の異常によるPM病は、伴性劣性遺伝の形式をとると考えられています。

女性の発症例が多いことから、伴性劣性遺伝であると断定できない面があるものの、PM病の典型的な例として挙げられるのは、このような伴性劣性遺伝形式によるものです。

PM病発症例の約50%は、PLP遺伝子の重複、すなわち正常なPLP遺伝子が本来あるべき状態の倍又はそれ以上存在することによるものであると考えられています。

なお、PLP遺伝子の重複が認められる場合であっても、PM病を発症しないこともあります。
また、母親にPLP遺伝子の重複がある場合に、その重複状態が子孫に遺伝するか否かは、伴性劣性遺伝の場合と同様の形式をとりますが、そのような形でPLP遺伝子の重複が遺伝したときに、PM病等の発症が常に生じるのか、発症する確率がどの程度あるかについてはいまだ不明な状況です。

このほか、原因がいまだ不明な症例も相当数存在するが、それらについてはPLP遺伝子以外の遺伝子に異常がある可能性もあります。

さらに、PM病発症例の中には、突然変異によって生じる場合もあり得えます。

【原因についての知見の発展状況】

平成6年当時は、PM病の原因として最も大きなものとして、伴性劣性遺伝があり、PLP遺伝子の異常が見つかる症例は約20%ほど存在しました。

他方で、典型的な伴性劣性遺伝の場合と比較して男児の発症例が少なく、女性の発症例や孤発例が多いとの報告もあったが、その理由は明らかではありませんでした。

また、突然変異によるものもありました。

そして、遺伝子の重複が関係している症例もあるらしいことはわかっていましたが、いまだ検査方法も確立されておらず、その意味づけもほとんど判明していませんでした。

平成8年ころは、PLP遺伝子の重複についての報告例が相当増えてきて、そのことについても一部の研究者のみが注目していたという段階でした。

平成10年から平成11年にかけて、これらに加えて、PLP遺伝子の重複が占める割合が、PM病の症例中約50%に相当するということがわかってきました。

【裁判所の判断】

裁判所は、長男が通院していた療育センターは、在宅の心身害児等に対する相談をその事業内容の一つとしており、担当医は、患者児童及びその家族に対するカウンセリングや出生相談を行うことも被告療育センターの医師としての役割と認識しており、そして、被告療育センターにおいては、患者児童の両親からの出生相談について、患者児童の担当医師が、患者児童の診察の際に対応していたのであり、また、担当医は、原告らの本件質問に対して、回答を拒んだり、遺伝相談等の別の機会に詳しく説明したいなどの留保を一切つけないで、原告らの本件質問に応じて説明をしたことを前提に以下のとおり判断しました。

夫婦が、どのような家族計画を立て、何人の子供をもうけるかは、まさにその夫婦の人生の在り方を決する重大事であって、本来的に夫婦が自らの権利と責任において決定すべき事柄であることはいうまでもないが、本件においては、原告らは、PMの疑いがある重篤な障害を負った長男を抱えており、既に一郎の介護及び養育において重い肉体的、精神的及び経済的負担を負っていたのであり、その後、第二子以降の子供が長男と同様にPM病に罹患して出生するか、健常児として出生するかは、原告らの生活にとって極めて深刻な問題であり、原告らの切実かつ重大な関心事であったことは明らかである。

そして、原告らの担当医に対する質問は、長男の診療行為と全く関係しない事柄として行われたものではなく、出生する子供のPM病罹患の有無という点において、長男の診療行為と密接にかかわる事柄であったといえるし、担当医は、PM病についての専門的知識を有し、PM病に罹患していた長男を始めとする児童の診療に当たっていた者であるから、本件質問に対し、説明を行うべき者として相応しい者であったと認められる。

以上の事情を考慮するならば、担当医は、原告らの質問に応じて説明を行う以上、信義則上、当時の医学的知見や自己の経験を踏まえて、PM病に罹患した子供の出生の危険性について適切な説明を行うべき法的義務を負っていたというべきであり、原告らに対し、不適切な説明を行って誤った認識を与えた場合には、説明義務違反として、不法行為責任を負うと考えられる。

そして、裁判所は、担当の説明義務違反の有無について、次のように判断しました。

平成6年11月8日当時の医学的知見としては、PM病の原因として、女性の発症例や孤発例、突然変異による発症例があることが認識されていたものの、PM病の最も大きな原因としては伴性劣性遺伝であると考えられていたこと、療育センターにおける5例の症例も、上記医学的知見に変更を加えるものではないこと、長男のPM病については、長男自身の突然変異や、その他の原因によって生じたものである可能性があったほか、母親である原告花子がPM病の保因者であって、そこからの伴性劣性遺伝によることも否定されていなかったこと、原告らの家族に長男と同様の症状を持つものがいないという事実も、長男のPM病が突然変異によって発症したものであり、伴性劣性遺伝によるものではないことを確定するものではなかったことからすると、長男のPM病は、母親がPM病の保因者であって、同原告からの伴性劣性遺伝によって発症した可能性も相当程度認められ、典型的な伴性劣性遺伝の場合と全く同一であるかはともかくとして、原告らの第二子以降にPM病が発症する危険性は、出生児が男子であれば、相当程度存在したと考えられる。

そうすると、担当医の説明は、原告らの立場にあったのが一般通常人であったとしても、次の子供にPMに罹患した子供か生まれる可能性は低いという認識を与え、PMに罹患した子供が生まれるのではないかという親の不安をかなりの程度解消するものであったと認められるのであり、不正確な説明であって、原告らに対し、次の子供にPM病に罹患した子供が生まれる可能性は低いという誤解を与えるものであったといわざるを得ないとして、担当医の説明義務違反を認めました。

そして、裁判所は、療養センターに対し、1,760万円の損害賠償を命じました。

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