医療過誤
医療過誤

薬剤の使用方法、患者の監視を怠った過失

  • 陣痛促進剤の使用方法を誤った過失、分娩監視装置による監視を怠った過失
  • 大阪地裁平成16年3月22日判決の事例を参考
  • 1億3,477万円の支払いを命じた事例

ケース

【従前の経緯】

私は、平成4年8月7日午前に、今回問題となった医院へ入院し、妊娠40週で長女を出産しました。

私は、平成9年8月6日午前に被告医院へ入院し、妊娠39週6日で次女を出産しました。

なお、長女、次女を出産する際に立ち会ってもらった医師は同じ、いずれの出産のときにも陣痛促進剤を服用しましたが、錠剤を1度に2錠渡し、「これ、飲んどいて。」等と告げただけで、何の薬か説明を行わず、2回に分けて1時間以上間を置いて飲むことといった指示はありませんでした。

【入院の経緯】

私は、Bは、妊娠39週2日目である平成11年5月14日午後5時40分ころ、出産が近付いてきていると考え、医院を受診しました。

医師は、午後5時40分から5時50分までの10分間、子宮収縮の状態及び胎児の心拍数を監視したところ、子宮収縮圧の強さは正確には分からないものの、それなりの強さであるとうかがわれること、陣痛周期が8分であること、胎児心拍数に問題はないことが確認されました。

医師は、午後6時陣痛が開始しているものの、尖腹のため陣痛微弱であると判断し、人工的に破膜を行い、プロスタルモンEを同時に2錠服用させました。

このとき、錠剤を2回に分けて1時間以上間を置いて飲むことといった指示はせず、陣痛促進剤であるということさえ説明を受けておらず、私は、何の薬かも分からないまま陣痛促進剤を2錠服用していました。

【出産の経過】

私は、午後6時ころに入院して午後7時40分ころまでの間、病室で過ごしました。

その間、助産師が数回病室を訪れて、私の子宮収縮の状態及び胎児心拍数を確認したが、医師が直接確認するということはありませんでした。

助産師は、午後7時40分ころ、子宮口開大が8cm、足のしびれがあり、陣痛周期も2、3分になったことから、私を分娩室に移しました。
助産師は、午後8時20分ころ、ドップラーで胎児心拍数を確認したところ、胎児心拍数が不安定であったため、医師に報告しました。

医師は、直ちに分娩室を訪れ、入院後初めて私を診察しました。
医師は、毎分3リットルの酸素投与を開始し、血管の確保を行うとともに、内診にて子宮口が9cmに開大していること、児頭下降度が+2であることを確認しました。

そして、医師は、ドップラーにて、胎児心拍数が150前後であることを確認し、子宮収縮の状態及び胎児心拍数を継続的に監視する必要があると考えたことから、午後8時25分ころ、私に分娩監視装置を装着しました。

分娩監視装置を装着したところ、胎児心拍数が50から160までの間を繰り返し上下しており、その後、胎児心拍数の低下の程度は若干弱まったものの、それでも60ないし80程度への低下が繰り返していました。

医師は、このような胎児心拍数の所見から、胎児が危険な状態に陥っており、できるだけ早く娩出する必要があると判断し、午後8時40分ころ、児頭下降度が+3であることを確認した時点で、吸引分娩の準備に入り、午後8時45分ころ、陣痛促進剤アトニンの点滴投与を開始し、午後8時48分に、吸引分娩により子供を出産しました。

【子供の様子】

子供は、出生直後、心拍数こそ問題なかったものの、生後1分経っても泣かない等の新生児仮死でした。
医師は、バッグ&マスクによる人工換気を実施したところ、出生約1分30秒後ころに初めて呼吸が認められ、10分後の観察時には、弱々しいながらも啼泣が認められました。
また、筋緊張については、生後間もなくは弛緩した状態が続いていましたが、生後8分ころから、いくらか四肢を曲げるようになりました。

医師は、分娩時の胎児心拍数の低下及び出生後の状態から、一刻も早く小児科医の診療を受けさせる必要があると判断し、午後9時7分、医療センターに電話をかけ、小児科医の派遣を要請しました。

医療センターの小児科医であるI医師(以下「I医師」という。)は、午後10時に到着し、直ちに子供の診察したところ、皮膚はピンク色でチアノーゼはなく、呼吸は安定し、酸素飽和度も97ないし98%で、心拍数も160前後であったものの、上肢下肢ともに伸展位で筋緊張が強く、閉眼したまま動かず、刺激に対して反応しないという状態であることを確認しました。

その後、子供は、自転車のペダルをこぐ様な痙攣を断続的に起こし、セルシン0.3mlの静脈注射を受けましたが、痙攣を十分に抑えることはできませんでした。

午後10時50分には、痙攣が絶えず生じる状態になっていたことから、フェノバルビタール坐薬を投与した上、更にセルシン0.3mlを追加で静脈注射しましたが、痙攣を抑えることはできませんでした。

そこで医師は、アレビアチン50mgの点滴投与を開始し、これによって痙攣の頻度がやや少なくなったものの、なお完全には消失しなかったことから、元々麻酔薬で抗痙攣剤としても用いられるラボナールを投与して痙攣の発生を抑えました。

私の子供は、生後4年を経過しても、精神面では言語の理解、表出をすることができず、運動面ではいまだ首が座っておらず、座ること、歩くことに加え、寝返りを打つことも不可能などの状態にあり、精神運動発達遅滞の後遺障害を負っています。

質問

私は、そもそも、陣痛促進剤であるプロスタルモンEを投与する必要があったのか疑問に思っています。
仮に、私にプロスタルモンEを投与する必要があったとしても、その量が過剰であったため、子供に大変な後遺障害が残ってしまったと考えています。

私にプロスタルモンEを投与した医師に責任はないのですか?

説明

【微弱陣痛】

微弱陣痛は、それ自体が胎児に対して直接悪影響を及ぼすものではありませんが、微弱陣痛が原因となって分娩が遷延することがあり、子宮口が4cm以上に開大した活動期において分娩が遷延すると、胎児仮死等の危険が高まるとされています。

【陣痛促進】

陣痛促進とは、自然陣痛が発来しても、微弱陣痛のため分娩進行がみられない場合に子宮収縮の増強を図ることです。

その医学的適応は、妊娠継続が母児いずれかにとって危険又は不利益をもたらす可能性があるため、妊娠を早く終了させるべきであると判断された場合にあるとされています。

また、それ以外の場合であっても、母児ともに経膣分娩に耐えられること、胎児が体外生活に適応できるほどに成熟していること、児頭骨盤不均衡でないこと、子宮頚管が成熟していることといった条件が満たされていれば、妊婦側の要請や医療施設側の体制を考慮し、陣痛促進の社会的適応が肯定される場合があります。

陣痛促進には、人工破膜などの機械的方法とプロスタルモンEなどの陣痛促進剤による薬物的方法とがあります。

【プロスタルモンE】

陣痛促進剤であるプロスタルモンEは、妊娠末期における陣痛誘発及び陣痛促進のために用いられる錠剤です。

プロスタルモンEは、過強陣痛や強直性子宮収縮によって、胎児仮死、子宮破裂、頚管裂傷、羊水塞栓等を生じた症例が報告されており、また、錠剤であるため点滴注射剤に比べて調節性に欠けます。

そのため、プロスタルモンEの使用は、分娩監視装置等を用いて胎児心拍数、子宮収縮の状態を十分に監視できる状態で行うべきとされています。

投与方法としては、1回0.5mg(1錠)を1時間ごとに行い、投与開始後、分娩監視装置等による監視で陣痛誘発ないし分娩進行効果を認めたときは投与を中止します。

1日6回(総量6錠)を投与しても効果が得られない場合も、投与を中止し、翌日あるいはそれ以降に再開すべきものとされています。

過強陣痛の際に最も多く見られる反応は、胎児心拍数の徐脈です。

陣痛促進剤の医学的適応は、陣痛が微弱というだけで肯定されるわけではなく、微弱陣痛のために分娩が遷延し、胎児に危険が及ぶと考えられる場合などには医学的適応が認められます。
具体的にいかなる場合に、分娩遷延を理由として陣痛促進剤の医学的適応が肯定されるかということにつき、一律に適用することのできる基準は存在しませんが、分娩遷延及び陣痛促進剤の適応に関し、次のような考え方があります。

子宮口が4cm以上に開大した活動期における子宮口開大速度は毎分1cm以上であり、子宮口開大速度がそれよりも4時間以上遅れる場合には陣痛促進などの処置が必要である(WHO基準)。

経産婦であれば、子宮口が4cm以上に開大した活動期において、子宮口開大速度が毎分1.5cm未満、児頭下降速度毎分2cm未満のいずれかに当たる場合には分娩遷延、子宮口開大停止が2時間を超える、児頭下降停止が1時間を超えるのいずれかに当たる場合には、分娩停止と診断し、陣痛促進処置を行う(欧州の多くの国で採用されている基準)。

【裁判所の判断】

母親は、入院した平成11年5月14日午後6時ころ、子宮口が7.5cmまで開大していながら陣痛周期が8分であり、陣痛微弱と評価される状況であったことからすれば、その後も引き続き陣痛周期が短くなってこないようであれば、前記の医学的知見に照らし、陣痛をできるだけ早急に終了させるべく、プロスタルモンE等の陣痛促進剤を処方することが十分考えられる状況にあったということができると判断されました。

しかし、分娩が遷延しているか否かの判断は、ある一時点における陣痛の強弱だけから判断するものではなく、陣痛に対する一定期間の経時的な観察を踏まえて初めて判断できるものといえるところ、医師は、同日午後6時ころに陣痛促進剤プロスタルモンEを投与するに先立ち、同日午後5時40分から同日午後5時50分までの10分間だけしか母親の陣痛の経過を観察しておらず、分娩が遷延するか否かを判断するために必要な観察が行われたとはいい難いと判断しました。

さらに、母親は、既に二人の子を出産したことのある経産婦であった上、同日午後6時ころにおいて、児頭下降度が+1、頚管展退が70%など子宮頚部の成熟度も進んでおり、しかも、既に同日午後5時50分ころ、陣痛促進の効果を有する人工破膜も施されていたのであるから、同日午後6時ころに陣痛促進剤を使用しなくても、分娩遷延を起こすことなく娩出することのできた可能性は十分にあったということができると判断しました。

このような状況にもかかわらず、医師は、人工破膜の効果の有無さえ確認することなく、わずかに10分間分娩監視を行ったのみで陣痛周期の長いことを認めたという理由でプロスタルモンEの投与を決めたものであるが、プロスタルモンEの医学的適応が認められるのは、妊娠継続が母児いずれかにとって危険又は不利益をもたらす可能性があるため、妊娠を早く終了させるべきであると判断された場合であること、プロスタルモンEが母児に重大な結果を招く可能性のある薬剤であることに照らせば、時期尚早な判断であったといわざるを得ないと判断しました。

もっとも、陣痛促進剤を必ずしも使用しなければならないわけではない状況であっても、妊婦が陣痛促進剤の長所と短所を理解した上で陣痛促進剤の使用を要望あるいは了承するのであれば、子宮頚管が成熟している等一定の条件が満たされている限り、陣痛促進剤の適応が肯定される場合があるということができ、本件でも同日午後6時ころの時点で児頭下降度は+1であり、子宮頚管も成熟している等陣痛促進剤投与を行う際の前提条件は満たしていた一方で、子宮口が7.5cmまで開大していながら陣痛周期が8分で微弱陣痛というべき状況にあったのであるから、直ちに、妊娠継続が母児いずれかにとって危険又は不利益をもたらす可能性があるという状況ではなかったにせよ、妊婦がプロスタルモンEの長所と短所を理解した上で、その使用を要望あるいは了承しさえしていれば、人工破膜だけでなく、プロスタルモンE投与をそれら時点で行うことが全く許されないという状況ではなかったとも判断しました。

しかしながら、本件では、プロスタルモンEの使用を要望あるいは了承するどころか、服用した薬剤が陣痛促進剤であることさえ知らず、ましてやそれが胎児仮死等の結果を招くおそれのある薬剤であることも知らされていなかったのであるから、この点からも、医師のプロスタルモンEの使用方法には問題があったといわざるを得ず、プロスタルモンEが過強陣痛によって胎児仮死、子宮破裂等の重大な結果を招く可能性を有しており、1回につき1錠ずつ、各投与ごとに1時間の間隔を置くべきとされているにもかかわらず、同時に2錠服用させているのであるから、陣痛周期が長いことを理由に時期尚早に、しかも、過量な陣痛促進剤を投与した注意義務違反があるというべきであると結論づけました。

また、裁判所は、プロスタルモンEの加量投与によって生じた過強陣痛が、臍帯の血流を短時間完全に又は完全に近い程度に遮断して、胎児を低酸素状態に陥らせ、これが原因で重大な後遺障害を抱えるに至ったと認定しました。

そして、裁判所は、約1億3,477万円の支払いを命じました。

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