医療過誤
医療過誤

積極的治療の遅れに関する過失

  • 糖尿病の検査等が遅れたことについての過失
  • 東京地裁平成15年5月28日判決の事例を参考
  • 1,600万円の支払いを命じた事例

ケース

【受診するまでの経過】

夫は、昭和52年ころから動悸が始まり、昭和57年11月29日以降、左不全麻痺を頻発するようになりました。
昭和62年5月20日には、大きな病院で、左半身のしびれ感、胸部圧迫感、動悸などについて治療を要するという紹介状を書いてもらいました。
そして、夫は、近隣の病院に通院するようになり、脳梗塞、狭心症、高血圧などの診療を受けていました。

ところが、夫の症状が軽快することなかったため、大きな病院で診療を受けたほうがよいと考え、平成4年9月28日に問題となった病院を受診しました。

【平成4年9月28日の診察】

夫は、内科で受診し、息切れ、めまい、動悸の症状を訴えました。
なお、そのときの血圧は、上が140で、下が94でした。

そして、夫は、37歳ころに脳梗塞を患い、肥満でもあったこともあり、種々の検査を受けました。
この結果、高血圧、狭心症、高脂血症、痛風という診断を受け、継続的に治療を受けることになりました。
なお、血液生化学検査では、血糖値が289、尿素窒素が24.5、クレアチニンが1.6でした。

【平成4年10月5日の診察】

夫は、息切れ、手指の関節痛の症状を訴え、以前の病院で「7、8年前から中間糖尿病と言われていた」と説明しました。なお、血圧を測ると上が130、下が90でした。

担当医師は、9月28日の血糖値が289と高い数値であったことなどから、ブドウ糖負荷試験をするまでもなく、それほど重くない糖尿病であると診断しました。
なお、尿素窒素とクレアチニンについては、数値が参考値を上回っていたことから、軽い腎機能障害が生じていると考えたが、軽いので腎機能検査は行わなくてよいと判断しました。

【平成4年10月19日から平成5年3月15日の経過】

夫には、診察の都度、血圧測定と薬の処方が行われていました。
血圧は、10月19日が上140・下80、11月16日が上140・下80、12月14日が上160・下88、12月28日が上164・下100、1月11日が上150・下86、2月4日が上148・下92、2月23日が上170・下90、3月15日が上200・下100でした。

なお、2月4には、胸部レントゲン撮影が行われ、陳旧性脳血管障害、虚血性心疾患、糖尿病、高脂血症、うっ血性心不全と診断されました。

【平成5年4月11日から5月30日の経過】

夫は、4月11日に血糖の検査を受け、血糖値は248であり、糖尿病との確定診断を受けました。
また、尿検査では、蛋白半定量++、卵円形脂肪体+、硝子円柱+++、頼粒円柱++であり、腎機能に異常があることを示す結果が出ていました。
ヘモグロビンA1cの検査結果は、7.1でした。

夫は、4月25日以降、食前の空腹時の血糖の検査を受けるようになりました。
ちなみに、夫の血糖値は、4月25日が125、5月12日が110、5月30日が114でした。
血圧は、4月11日が上160・下100、4月25日が上160・下90、5月12日が上150・下90、5月30日が上134・下90でした。

【平成5年6月4日から7月2日の経過】

夫は、平成5年6月4日午前2時に、交通事故の脳震盪により入院しました。
入院時の検査では、尿素窒素が51.6、クレアチニンが5.3であり、腎機能の著しい悪化を示していました。

夫は、6月4日午前11時30分にいったん退院しましたが、頭痛や吐き気が強かったため、午後6時40分に再入院し、6月7日に退院しました。
なお、6月4日の再入院時の検査では、尿素窒素が46.9、クレアチニンが5.6であり、6月7日の検査では、尿素窒素が44.8、クレアチニンが5.9でした。

夫は、退院後は再び内科で受診し、血圧は、6月21日が上170・下100、7月2日が上180・下110でした。

【平成5年7月16日から7月30日の経過】

夫の7月16日の血圧は上164・下108、血糖値は98でしたが、両手にしびれがありました。
7月30日、血圧は160/100、血糖値は89でしたが、尿素窒素は49.4、クレアチニンは8.3でした。

【平成5年8月2日以降の経過】

夫は、8月2日、精査のため内科に入院し、このとき血圧が上130・下80で、尿素窒素は58.7、クレアチニンは8.8でした。

8月13日には尿素窒素が88.5、クレアチニンが10.5と上昇したため、8月16日に右大腿静脈にカテーテルを留置して人工透析を受けるにようになりました。

その後、夫は腎不全のため亡くなりました。

質問

夫は、平成4年9月28日の初診時に、尿素窒素が24.5、クレアチニンが1.6であり、標準値の上限をやや上回っており、軽度の腎機能障害があったと思います。

この時点で、医師が糖尿病からくる腎機能障害について適切な治療を行ってくれていたいら、夫は人工透析を受けるまで悪化することはなかったと思います。

適切な治療を行わなかった担当医師に責任はないのですか?

説明

【糖尿病性腎症】

糖尿病性腎症では、持続性蛋白尿が出現する段階になると不可逆的に腎機能の低下が進行し、数年の経過で末期腎不全に至って、人工透析の導入が必至となります。

糖尿病性腎症では早期診断が重要です
試験紙法で、尿中アルブミン排泄量の増加を確認することができます。
よって、微量アルブミン尿の検査をすることにより、尿蛋白陰性の時期でも、持続性蛋白尿発生以前の可逆的な時期に糖尿病性腎症を発見することができます。

そして、微量アルブミン尿の出現する早期腎症の段階であれば、血糖と血圧の厳格なコントロールを行うことにより、腎症の進行を阻止することができ、回復も可能です。

また、蛋白を制限して低蛋白食とすることが、早期腎症に対する積極的な治療として効果が認められます。

【裁判所の判断】

初診時に実施された血液生化学検査の結果によれば、尿素窒素が24.5、クレアチニンが1.6であり、検査報告票に記載された参考値(尿素窒素が7.3〜22.5、クレアチニンが0.6〜1.2)の上限をやや上回っていたことから、平成4年9月28日の時点で軽度の腎機能障害があったと判断しました。

また、担当医師は、患者から、7、8年前から中間糖尿病と言われていたとの申告を受けているから、この申告と結びつけて考えれば、腎機能障害が糖尿病を原因として生じているものであることを疑い、その糖尿病性腎症が早晩不可逆的な段階にまで悪化するかもしれないと予見することは容易であったというべきであり、いったん糖尿病と診断されたら、1年に1回は微量アルブミンが出ていないかどうか検査をすべきであると判断しました。

そして、担当医師には、平成4年10月5日の時点で、患者が初期の糖尿病性腎症に罹患していることを疑い、これが早晩不可逆的な段階にまで悪化するかもしれないと予見して、これを回避するために、尿素窒素やクレアチニンの再検査、微量アルブミン尿の検査を行いながら、厳格な血糖と血圧のコントロールなどの治療を行うべき義務があったと認められると判断しました。

また、糖尿病に対し、早期腎症の段階で糖尿病性腎症を発見し、これに対する治療として厳格な血糖と血圧のコントロールを行い、低蛋白食とする食事療法を行っていれば、少なくとも、糖尿病性腎症の進行を遅らせることができたということができ、糖尿病性腎症の進行を遅らせることができれば、平成5年8月に人工透析を導入することにはならなかった蓋然性が高く、死亡時期も遅らせることができたと考えられると判断し、死亡との因果関係も認めました。

そして、裁判所は、1,600万円の損害賠償を命じました。

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