医療過誤
医療過誤

感染性心膜炎の検査・診断・治療を怠った過失

  • 感染性心膜炎の検査・診断・治療を怠った過失
  • 東京地裁平成14年11月21日判決の事例
  • 1億5,000万円の支払いを命じた事例

ケース

【大動脈弁閉鎖不全症の発見】

息子は、5月16日、心エコー検査を受け、大動脈弁閉鎖不全症と診断されました。
そして、父は、検査のため入院し、8月1日に心臓カテーテル検査を受けました。

8月2日、4日の血液生化学検査では、炎症所見(白血球数増加、CRP値増大、血沈亢進など)はなく、バイタルサインにも著変がなかったため、6か月ごとの心エコー検査により経過観察することになり、父は5日に退院しました。

【通院治療】

息子は、8月23日、10月18日に検査を受けたところ、従前から見られていた心雑音(拡張期逆流性雑音)はありましたが、そのほかに特記すべき訴えはなく、血液生化学検査でも炎症所見はなく、正常でした。

息子は、翌年1月16日、鎖骨付近の痛みを訴えて整形外科で診察してもらったところ、炎症所見(白血球上昇、血沈亢進)が認められました。そして、息子は、1月30日には、蕁麻疹と38度4分の発熱の症状を訴えて他の医院で診察を受け、抗生剤の投与を受けました。

【再度の検査】

息子は、2月7日、大動脈弁閉鎖不全症の定期検診を受けました。
その際、異なる病院で血液検査で炎症が認められたことを説明し、血液検査の報告書も渡しました。

心エコー検査(経胸壁心エコー法)を受けましたが、大動脈弁及び僧帽弁の状態に変化はなく、大動脈弁閉鎖不全症による逆流も悪化していませんでした。また、血液生化学検査では、白血球数が心臓カテーテル検査前の数値より高めであり、CRP値(炎症反応)も少し上昇していました。ところが、医師は問題ないと判断して、経過観察することになりました。

息子は、2月28日、同年3月13日、同月27日に、被告G医師の診察を受け、蕁麻疹の症状を訴えるとともに、CRP値(炎症反応)の上昇が見られ、3月29日からは、背部痛や下腿部痛の治療を受けました。

【整形外科での入院】

息子は、5月9日、腰痛により緊急入院しました。
医師は、息子に発熱が認められたため、一般的な上気道感染を疑い、一般細菌検査(咽頭培養検査)を行い、抗生剤(パンスポリン)を投与しました。

息子は、5月15日、腰痛やふくらはぎ・大腿部筋肉痛があり、足や手の指の腫れ、8キログラムの体重減少、体力・持久力の低下の症状があると訴え、医師は、膠原病を疑い、抗体検査を行いましたが、異常は認められませんでした。

医師は、平成8年5月18日、MRI検査の結果から、化膿性椎間板炎、結核性椎間板炎、副甲状腺機能亢進症、副甲状腺機能低下症、ショイエルマン病等を疑い、抗生剤の点滴を行っていました。
また、整形外科についても、骨変形は認められるものの、その原因は特定できず、経過観察となりました。

息子は、抗生剤(セフメタゾン)の投与を受けていたものの、5月末まで、38度に近いか、それを超える発熱が続いていました。

医師は、5月30日、血液培養検査を行ったところ、レンサ球菌属(ストレプトコッカス・スピーシーズ)が検出されたため、抗生剤をセフメタゾンからセファメジンに変更しました。
そして、医師は、血液生化学検査の結果が良好であったため、被告H医師は、平成8年7月12日で抗生剤(セファメジン)を中止しました。その後、血液生化学検査の結果が良好であり、MRI検査の結果でも腰椎の破壊が進んでいないため、7月27日に息子は退院しました。

【通院治療】

息子は、7月31日、8月28日、9月25日に通院しましたが、心雑音は認められるものの、特に変化はありませんでした。 ただ、8月15日の夜間に発熱を訴え、28日の検査でも炎症反応の上昇があったため、9月18日からは、抗生剤(パンスポリン)の投与が開始されました。

10月3日には、38.1度の発熱が見られ、炎症反応がさらに上昇し、抗生剤がパンスポリンからセフゾンに変更されました。

【くも膜下出血の発症】

息子は、10月7日、発熱と腰痛の悪化により、整形外科に再入院しました。
10月8日に、一般細菌検査(咽頭粘液)及び血液生化学検査を受けたところ、白血球数増加、CRP値上昇、赤沈亢進などの炎症反応が見られましので、抗生剤(セファメジン)の投与を受けました。

そして、息子は、10月11日、椎間板を切り取って生体検査を受けたところ、椎間板からプロピオニ・バクテリウムが検出されました。なお、プロピオニ・バクテリウムは、非常にまれに感染性心内膜炎の起炎菌になることがあるものの、皮膚常在菌であるため、血液培養検査等で検出されたとしても、検体採取時の汚染によるものである可能性が高いと判断されました。

10月18日には、血液生化学検査を行ってもらったところ、炎症反応は正常化しており、21日には、抗生剤の投与により、発熱が低下し、炎症反応も正常化したので、抗生剤を中止し、同月22日には、退院も検討されていました。

しかし、息子は、10月24日、くも膜下出血により転倒し、異なる病院に転送されました。そして、心エコー検査の結果、大動脈弁の疣贅及び僧帽弁瘤が発見され、感染性心内膜炎と診断されました。
また、脳動脈瘤が形成され、くも膜下出血が発症していました。その後、息子は、寝たきりの状態になってしまいました。

質問

私は、感染性心内膜炎が原因で脳動脈瘤が形成され、くも膜下出血が発症したと考えています。

息子は、長期間にわたり発熱や腰の痛みを訴えていたわけですから、感染性心内膜炎であることを疑い、検査・治療を行ってもらえれば、くも膜下出血により重大な後遺症を抱えずに済んだはずです。

感染症内膜炎であることを発見できなかった医師や病院に責任はないのでしょうか。

説明

【感染性心内膜炎】

感染性心内膜炎は、急性感染性心内膜炎と亜急性感染性心内膜炎に分類されます。

未治療の亜急性感染性心内膜炎は、発症から死亡までの中央値が約6か月であるのに対し、急性感染性心内膜炎では1か月未満となっています。

また、起炎菌も、急性感染性心内膜炎では黄色ブドウ球菌(スタヒロコッカス・アウレウス)が大部分であるのに対し、亜急性感染性心内膜炎では緑色レンサ球菌(ストレプトコッカス・ヴィリダンス)、腸球菌(エンテロコッカス)、コアグラーゼ陰性ブドウ球菌などの弱毒菌が多いとされています。

【感染性心内膜炎について】

本来滑らかな心内膜が、異常血流(短絡血流、逆流、狭窄血流)などにより損傷を受けて粗雑化すると、血小板やフィブリンなどが沈着・凝集し、非細菌性血栓性心内膜炎の状態となります。

自己弁の感染性心内膜炎症例の約3分の2は、基礎心疾患のある例であり、大動脈弁閉鎖不全症、僧帽弁閉鎖不全症、心室中隔欠損症、動脈管開存症などが、基礎心疾患となります。

感染性心内膜炎の起炎菌は、レンサ球菌(50%から75%)、ブドウ球菌(25%)、腸球菌(10%)が大半を占めます。 なお、緑色レンサ球菌(ストレプトコッカス・ヴィリダンス)は、口腔咽頭に常在する弱毒菌です。

一過性菌血症が生じた約2週間後から発熱、全身倦怠感、食欲不振、体重減少などの臨床症状を呈し始め、菌が産生するプロテアーゼや他の酵素、宿主側の要因(炎症等)が直接に弁を破壊します。
また、血液中に細菌が検出される状態が継続すると、体液性及び細胞性の免疫系が刺激されるので、免疫複合体が生成されます。

緑色レンサ球菌性心内膜炎では、治療しなければ通常6か月以内に死に至り、感染性心内膜炎は、治療しないと死亡するとされています。

感染性心内膜炎は、早期診断と適切な抗生剤の投与により、高い治癒率を期待でき、心不全などの合併症の発生を防ぐことができます。
レンサ球菌による場合の治癒率は90%以上、ブドウ球菌の場合は60%から75%です。
なお、ブドウ球菌による場合は、経過が急激かつ重篤で、合併症の発生頻度も高くなります。

【感染性心内膜炎の治療】

感染性心内膜炎に対しては、抗生剤治療が行われ、同定又は想定された起炎菌に対して、ペニシリンG等を大量に長期投与することになります。

そして、抗生剤の使用については、感染を起こしている臓器を絞り、起炎菌を正しく想定・同定し、なるべく起炎菌にのみ有効なものを選んで、その効果を正確に追うことが重要となります。
なお、抗生剤治療抵抗性の症例などについては、弁置換術を中心とする外科手術が行われることになります。

【脳動脈瘤】

脳動脈瘤は、発生原因により、細菌性脳動脈瘤、先天性脳動脈瘤、外傷性脳動脈瘤、腫瘍・動静脈奇形・もやもや病に随伴する動脈瘤などに分類されます。
なお、先天性脳動脈瘤は、血管分岐部の中膜欠損部に血圧や血流の付加が加わって、血管壁の一部が限局性に拡張して生じることが多いと言われ、細菌性脳動脈瘤は、感染性栓子が動脈内膜で炎症性破壊することにより生じるとする説と、感染性栓子が脈管の血管を介して動脈の外膜に塞栓を起こして外膜と中膜を破壊して生じるとする説があります。

脳動脈瘤を形態的に分類すると、嚢状動脈瘤及び紡錘状動脈瘤に分類されます。
通常見られる嚢状動脈瘤の大半は、先天性脳動脈瘤であり、先天性以外の原因による脳動脈瘤は、紡錘状の形態をとることが多いと言われています。ただし、細菌性脳動脈瘤でも、嚢状の形態をとることがあります。

脳動脈瘤のうち、細菌性脳動脈瘤の頻度は極めて少なく、抗生剤の普及した現在では、頭蓋内全動脈瘤の数%と報告されています。

一般に、脳動脈瘤は、脳底部血管分岐部に好発し、前交通動脈に約30%、内頸動脈・後交通動脈分岐部に約25%、中大脳動脈分岐部に約13%が生じるとされています。
そして、全脳動脈瘤中、中大脳動脈末梢部に動脈瘤が発生する頻度は、1%から2%と極めて少なく、細菌性脳動脈瘤については、60パーセント程度が中大脳動脈に発生しています。

脳動脈瘤の好発年齢は、40歳代から50歳代であり、全脳動脈瘤の50%を占めており、20歳代以下は約6%に過ぎません。他方、細菌性脳動脈瘤の好発年齢は、10歳から30歳とされています。

【細菌性脳動脈瘤の治療】

細菌性脳動脈瘤に対しては、原則的に脳外科手術の適応は少なく、強力な抗生剤治療によって、その消長を観察する必要があり、非破裂例では、十分な抗生剤治療により消退することが多いといえます。

【裁判所の判断】

判決では、問題となった脳動脈瘤については、通常の嚢状動脈瘤としてはまれな画像所見(単発とはいえない)があること、発生部位、細菌性脳動脈瘤の好発年齢に該当していたこと、血管内腔の異常が考えられること、先行して感染性心内膜炎を発症していたと推認されることなどから先行する感染性心内膜炎を原因とする細菌性脳動脈瘤であったと認定し、医師に感染性心内膜炎を発症している可能性を疑い、心エコー検査や血液培養検査等を行うべき義務があったと判断しました。

そして、感染性心内膜炎について、発症後速やかにその診断をすることができていたら、速やかに大量の抗生剤による治療を行ったり、抗生剤治療に効果がなければ、弁置換手術を行うなどによって、原告Aの感染性心内膜炎を治癒又は軽快させ、本件脳動脈瘤の形成を防止することができた蓋然性が高いものと判断し、約1億5,000万円の損害賠償を命じました。

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