知的財産
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退職後の秘密保持義務・競業避止義務


企業秘密漏えいは、退職した従業員によって行われる場合が最も多いといえます。
就業中であれば、法律に詳しくない人であっても企業が管理している情報を漏えいすることは違法なことであるという認識をもっています。この結果、就業中の従業員によって起こされる情報漏えいは、不正な目的を有している場合や過失によって漏えいするといった非日常的なものとなります。

ところが、退職後の情報漏えいについては、不正な目的を有している場合のみならず、獲得した技術情報や営業情報を転職先で無意識に使用するということが考えられます。このような事態の対策として、多くの企業では、就業規則や従業員との契約において、退職後においても秘密保持義務、競業避止義務を設定しています。

なお、裁判例においても退職後に秘密保持義務や競業避止義務を課すことが認められています(東京地決平7・10・16「司法試験予備校事件」参照)。

しかし、前記したとおり、退職後の秘密保持義務や競業避止義務は、従業員の職業選択の自由や営業の自由を制限することになるため、無制限に認められるわけではありません。
使用者の方にノウハウの流出を防ぐ、顧客を保持する必要がある等、秘密保持義務や競業避止義務によって守られるべき正当な利益があり、その目的との関係で競業を禁止される期間、場所などの制限が合理的範囲にとどまっていることが必要になります。

特に、競業避止義務は、従業員に対して、秘密保持義務より高度な制限を負担させることになりますので注意を要するところであり、使用者側の守られるべき利益の内容によって義務設定の可否そのものに影響を及ぼすことになります。

まず、使用者にとって守られる利益が技術情報等のノウハウであるのか顧客確保であるかを分けて考える必要があります。

ノウハウを守る目的

競業避止義務を課す目的がノウハウの保護である場合は、ノウハウが競業行為と不即不離の関係にあり、競業行為からノウハウの使用行為のみを抽出して禁止することが事実上、不可能である場合のみに認められ、ノウハウの使用行為を特定して禁止しうる場合にまで競業を禁止することは許されないと考えるべきです。

そして、競業禁止による従業員の負担が従業員が被る制限を超越する部分が存在する場合には、それに見合う代償の支払いを行うべきであると考えます。

なお、ノウハウが公知になった場合には、使用者に保護されるべき利益が失われているとともに、転職先における労働者の職務遂行に支障をきたしかねないため競業避止義務ないし契約は目的達成により終了すると解すべきだと考えます。

一般的な競業避止義務規定であったとしても、競業行為の悪質性を考慮して競業避止義務が認められる場合があります。

大阪地判平3・10・15「新大阪貿易事件」においては、顧客情報を引き継がず、自己以外の従業員3名のうち2名を引き抜き、自ら設立した競業会社の営業を会社が承諾しているかのような虚偽の案内を得意先に送付し、さらに在庫商品を新会社のために無断で搬出するなどの行為に対して3年間の競業避止契約によって禁止することは不合理でないと判示されています。

また、大阪地判平10・12・22「フッ素樹脂シートの溶接技術事件」においては、範囲が広範に失し代償措置も十分ではなかったことを理由に競業避止特約を無効としつつ、退職前から計画的に取引を奪取した行為は、取締役の一般的な競業避止義務、従業員の雇用契約上の付随義務に基づく競業避止義務違反に該当するとして損害賠償が認められています。

さらに、東京地決平7・10・16「司法試験予備校事件」においては、一般的な退職後の競業避止義務を定める就業規則を営業秘密等に関わる限りで競業避止義務を課するものであると限定解釈して有効であるとしたうえで、ユーザーIDとパスワードを付与された特定の社員のみがアクセスしうる顧客等のデータと教材等の文書データのみを保護すべき営業秘密と特定しつつ、元従業員に就業規則による競業避止義務が及ぶと決定されています。

顧客確保の目的

顧客確保のための競業避止義務は、利益衝突防止型として競争行為までをも禁止できる在職中の従業員に対して課しうるにとどまり、退職後にまで要求することはできないと考えるべきです。

東京地判昭42・12・25「日本警報装置事件」では、元従業員が、退職に際し競業をなさないことの対価として特に金銭を贈与されていたにもかかわらず、退職後に競業行為に及んだ事件で、いつでも代償を返還して競業行為をなしうる趣旨であると解釈することにより、公序良俗に反するものではなく有効であると判断されています。

当該顧客の開拓の功績が、従業員の才能、努力によるというよりは専ら企業の投下資本に基づいているとみなしうる場合で、しかも禁止される競業の範囲が狭いために過度に従業員の転職の自由を害しないという場合には例外的に競業避止義務が認められる場合があります。
例えば、広島公判昭32・8・28「原田商店事件」のように百貨店内の同一フロアーないの服生地売場の他店舗への就業を禁止する特約のように、当初から雇主が有していた顧客がその禁止区域内で他に流出することを防ぐために必要不可欠であって、しかも、禁止区域が狭小で労働者の転職の自由に与える影響が微小である場合にがこのような事例に該当するものと思われます。

引抜き行為

企業秘密の漏洩の事例として、単独の従業員の退職にともなうものよりも、多数の従業員が一斉に退社に引抜かれることによるもの方法が企業秘密漏えいの程度が重大な場合が多いといます。
そして、一斉引抜きの事例では、企業秘密の漏えいに加えて、企業の事業継続に支障をきたす、あるいは事業継続が困難になるという別の損害も発生することになります。

ただ、個々の従業員には職業選択の自由が認められ、個々の従業員の退職そのものは違法行為ではありませんので、同時に多数の従業員が退職した場合に違法性が認められるためには、企業が通常予測しうる範囲を超え、自己防衛手段を尽くす機会を奪われたと認められることが必要になると思われます。

前橋地判平7・3・14「宮子清掃警備緑化工業事件」においては、取締役3名が会社の乗っ取りを計画し、在職中から競業のための新会社を設立し、その後、大量に警備員を引抜き関係各所に廃業届を提出したり、社名変更の申告を行う等した場合に忠実義務・競業避止義務違反による損害賠償が認められています。

また、大阪高判平10・5・29「日本コンベンションサービス事件」においては、在職中から競業のための新会社を設立し、関西支社の従業員を大量に引き抜いたという理由で忠実義務違反が認定されました。

さらに、東京地判昭51・12・22「東日本自動車用品事件」においては、営業担当員6名中、取締役兼営業部長を含む4名が得意先との事務引継ぎを行わず一斉退職し、競業会社を設立した事例で、4名の共同不法行為が認定されています。

そして、東京地判平3・2・25「ラクソン事件」においては、2部門ある事業部の1つにつき、最高責任者が部課係長4名全員、セールスマン24名中17名を一斉退職させ、そのほとんどを被告会社に移籍させた事例で、最高責任者及び移籍先企業に共同不法行為が認定されています。

なお、引抜き行為の違法性については、引抜き行為の態様だけではなく、甲労働市場の流動性、引き抜かれた従業員の職務の特殊性等にも着眼し、引抜きにより企業が受ける不利益を考慮する必要があります。

大阪地判平元・12・5「港ゼミナール事件」においては、学生アルバイトながら講師として原告の学習塾の中心的立場にあった被告が、退職後に240m離れたところで学習塾を開業し、原告で働いていた講師8名の内5名が被告で講師として務めた事例で不法行為が否定されています。

また、東京地判平6・11・25「フリーラン事件」においては、約20名程度のライダーを有するバイク便の会社から、実際の指揮管理をしていた者のほか、ライダー9名、内勤従業員3名が一斉に近い状態で退職し、新会社を設立した事例で不法行為が否定されています。なお、本件では、会社の内情に精通しない代表者が不合理な理由で責任者を降格させたことで内紛が発生したことが不法行為の判断に大きく影響していると思われます。

内紛に端を発する引抜きの違法性を判断するにあたっては、内紛の原因、労働者がより良い環境で就業することの職場選択の自由、合理的な経営を行う企業を形成する事業活動の自由に配慮しなければならない場面があります。

東京地判平5・8・25「TAP事件」においては、多年の経験に基づく独自の授業システムに基づき小規模の学習塾を17年近くで首都圏五指に入る学習塾にまで発展させた功労者というべき元取締役ら幹部8名が、経理、財務を管理する経営者と経営方針で対立したことにより発生した内紛により退職した後に、競業する学習塾設立の話が持ちあがり、同調した多くの講師や従業員が移籍した事例で不法行為が否定されています。

また、高知地判平2・1・23「中央物産事件」においては、経営者による誹謗中傷が発端となって一斉退職、競業会社設立という事態を招いたことを理由に不法行為が否されています。
さらに、大阪地判平8・2・26「池本自動車商会事件」においては、取締役の一人が社長の放漫経営に端を発して退職を決意したところ、他の取締役4名も自発的に同調して、それぞれ一斉に退職し競業会社に就職したという事件で、取締役の忠実義務違反が否定されています。

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