弁護士視点で知財ニュース解説

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正露丸 大幸薬品の上告棄却

「ラッパのマーク」で知られる「セイロガン糖衣A」を製造・販売する大幸薬品は,「正露丸糖衣S」を販売するキョクトウに対して,不正競争防止法2条1項2号,同項1号に基づき,パッケージの使用差止,損害賠償を求めた裁判において,最高裁は,平成26年10月9日,大幸薬品の上告を棄却し,大幸薬品の敗訴が確定しました。

原審の大阪高裁(平成25年9月26日判決)では,「セイロガン糖衣A」の表示と「正露丸糖衣S」の表示が類似しないと判断され,大幸薬品が大阪高裁の判断に不服であるとして最高裁に上告していたわけですが,大幸薬品の主張は最高裁においても受け入れられませんでした。

「セイロガン糖衣A」と「正露丸糖衣S」,一見すると類似する二つの表示が類似しないと判断される理由は,どこにあるのでしょうか。

これを理解するためには,「正露丸」に関する一連の経緯を理解しておく必要があります。

「正露丸」は,昭和29年に大幸薬品が商標登録をしましたが,昭和30年に,30に近い製薬業者から「正露丸」は普通名称であるとの理由で商標登録の無効審判が請求されました。

特許庁は,昭和35年に,「登録当時,正露丸が医薬品の普通名称であったとは認められない」として,無効審判の請求を認めませんでしたが,東京高裁は,昭和46年に,「正露丸は,クレオソートを主成分とした整腸剤で,多年にわたり不特定かつ多数の業者によって全国的に使用された結果,一般的な名称として国民に認識されて,登録当時に普通名称化している」と判断して,特許庁の審決を取消し,最高裁も,昭和49年に東京高裁の判決を維持しました。

この結果,「正露丸」は,普通名称あるいは慣用商標と認められ商標登録が認められていません。

なお,「正露丸」のように,特定の商品名が普通名称化した例としては,「セロテープ」,「サニーレタス」,「わらびだんご」などがあります。

以上を前提に,「セイロガン糖衣A」という表示を確認すると,「セイロガン」という普通名称と,糖衣(飲みやすくするために,丸薬・錠剤に施した糖分を含んだ甘い被膜)という普通名称と,「A」というアルファベットによって構成されているだけの表示であり,特定の商品の出所を表示する機能をもっていないとも考えられなくはありません。

しかし,この点は,大阪高裁も否定しており,自他商品識別力(商品の出所を表示する機能)は,表示の構成のみによって生じるのではなく,取引の実情に応じて獲得されるものであるから,普通名称を本来の意味どおりに使用した場合であっても,使用の態様や取引の実情から自他商品識別力を獲得し得る場合があり,「セイロガン糖衣A」は,その販売実績や長年にわたるメディアでの広告の結果,大幸薬品の商品であるとして周知著名なものとなっていると判断しています。
この大阪高裁の判断により,大幸薬品としては,不正競争防止法2条1項2号,同項1号に基づく請求が可能となります。

ところが,普通名称とアルファベットのみで構成された表示が類似するか否かについて,非常に厳格に判断し,結果として「セイロガン糖衣A」と「正露丸糖衣S」は非類似であると判断しました。

大阪高裁の判断を確認しますと,「他人の商品表示と類似のものか否かを判断するに当たっては,取引の実情の下において,取引者,需要者が,両者の外観,称呼,又は観念に基づく印象,記憶,連想等から両者を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるか否かを基準として判断するのが相当である。」と判示し,具体的な検討を行っています。

大阪高裁は,以下の理由により「正露丸糖衣S」を一体の表示として「セイロガン糖衣A」と類似するか否かの判断を行うべきであると判断しました。

  • 一般用医薬品において,一連の商品名が数段に分けて表示されることはめずらしくなく,一般需要者もなじんだ状況になっていると考えられる
  • 「正露丸」と「糖衣」は普通名称であるから,ほかに被控訴人商品を識別する表示も見当たらない正面及び右側面では,これに独自のデザインを施して特に大きく表示された「S」の文字に需要者の目が引かれるのは当然のことであり,「S」を加えて,全体で「正露丸糖衣S」との商品であると需要者に受け取られる相当の可能性があることも否定できない
  • 「セイロガン糖衣A」が周知著名の商品表示であり,需要者の多くが「セイロガン糖衣A」という商品の存在を認識していると考えられる

そして,大阪高裁は,「セイロガン糖衣A」と「正露丸糖衣S」の呼称は10字中1字しか異ならないこと,観念としてはいずれも「正露丸」を意味すると判断しながらも,実際の両者の表示方法を考慮して外観が異なると判断し,結果として両者は類似しないと判断しました。

普通名称やアルファベットは,万人共通の財産であり,特定の者による独占を認めることはできません。

ただし,普通名称やアルファベットであったとしても,装飾を施したり,特異な字体や色を施すことにより,特定の商品との結びつきが生じ,それが繰り返し使用されることにより,特定の商品の出所表示として保護に値するようになります。

このような基本的な考え方のもとに,大阪高裁においては,類似するか否かの判断において,「セイロガン糖衣A」と「正露丸糖衣S」が実際に使用されている外観に重点をおいた判断を行い,類似しないという結論を導いているのです。

そして,最高裁は,この大阪高裁の判断を支持したことになります。

不正競争防止法が定める「表示」が類似するか否かの判断が非常に難しいことを理解してもらえる一例ではないかと思います。

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