弁護士視点で知財ニュース解説

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職務発明 特許法改正の最終案

一昨年より約2年間にわたり議論されていた職務発明に関する特許法の改正案が固まりました。

職務発明を会社に帰属させる旨の就業規則の定めや従業員との合意が存在する場合に限り,職務発明が原始的に会社に帰属することが特許法で明記されることになりました。

政府は,職務発明に関する特許法改正案を今週にも閣議決定し,この通常国会での成立をめざします。

今回特許法が改正されますと職務発明に関する制度は約90年ぶりに変更されることになります。

現在の特許法においては,職務発明は,発明を行った従業員に原始的に帰属することを前提に,裁判例により,企業が,就業規則に定め,あるいは従業員と個別に合意した場合には職務発明を譲り受けることができるとされていましたが,今回の特許法改正により,就業規則や従業員との合意により職務発明を原始的企業に帰属させるという内容に変更されるわけです。

現在の特許法(35条4項)においては,企業が職務発明を行った従業員からこれを譲受ける場合,職務発明を承継(譲渡)したことにともなう相当対価の支払いを受ける権利を取得すると規定されています。

この規定の趣旨は今回の改正によっても維持され,就業規則や個別の合意により企業が職務発明を原始的に取得する場合であっても,職務発明を行った従業員に対して相当な対価を支払う必要があります。

なお,相当な対価であるか否かにつき争いが生じた場合には,最終的に裁判所において判断されることになりますが,客観的にみた場合に職務発明を取得する対価として相当であるか否かも重要であることは否定しませんが,相当対価であるか否かの判断においては手続が非常に重視されることになります。労働法の労使交渉と同様に考える必要があります。

相当な対価であるか否かの判断にあたっては,

  • 対価を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況,
  • 策定された当該基準の開示の状況
  • 対価の額の算定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況

などが考慮されることになるのです。

対価を決定するための基準の策定手続からその基準を適用して対価が決定されて支払われる手続,あるいは,個々の発明ごとに締結される契約の締結手続から対価が支払われるまでの手続を意味しています。

そして,「自主的な取決め」が尊重されるためには,どのような手続が行われたかという手続的要素と,対価を決定する基準の内容や最終的に決定された対価の額という実体的要素の両方を総合的に考慮しなければなりません。

但し,特許法35条4項において定められている「協議の状況」,「開示の状況」,「意見の聴取の状況」は,手続面において特に重視すべきものとして例示したに過ぎないと考えられています。

基準としては,「会社の利益に対する発明の貢献度」や「発明による利益に対する発明者の貢献度」を考慮して対価を決定するというものであっても,これらを考慮することなく対価を決定するというものであっても問題ありません。

使用者の研究開発戦略や経営戦略,従業者が置かれている研究環境や処遇等の諸事情は,各使用者と従業員ごとに異なりますので,単純に基準により決定される対価の額が他社と比較して低いレベルであることだけをもって,不合理性が肯定されることにはならないと考えられます。

対価は,必ずしも実績報償である必要はなく,特許登録時の期待利益を各社なりに評価してその評価に基づいた対価を支払うという方法であってもよいと考えられています。

また,「対価を決定するための基準」は,一般的に発明に先立って策定されるものですから,策定の段階で,当該基準の対象となる従業員等と協議を行うことが必要になります。

仮に,全従業員を対象とした基準を作成するのであれば,全従業員が協議の相手方となります。

但し,「協議」は必ずしも一人一人と個別に行う必要はなく,集団的に話合いを行うことも認められます。

そして,集団的に話合いが行われた場合に発言を行わなかった従業員が存在しても,当該従業員に発言の機会が全く与えられていなかったなどの特殊事情がある場合を除き,原則として「協議」は行われたものと評価されます。

職務発明の対価に関する規定は開示されていなければなりませんが,「開示」方法の一例としては,以下のようなものが考えられます。

  • 常時,従業員等の見やすい場所に掲示する方法
  • 基準を記載した書面(会報・社報等を含む)を従業員等に交付する方法
  • 従業員等が常時アクセス可能なイントラネットにおいて公開する方法
  • 常時,インターネット上のホームページにおいて公開する方法

重要なのは,当該基準が適用される従業員が見ようと思えばいつでも見られるような状況に置かれているか否かという点にあります。

また,従業員からの「意見の聴取」の方法についてですが,具体的な方法として特に制約はありません。

予め従業員から意見を聴取した上で対価の額を算定するという方法,使用者等においていったん基準に基づき算定した対価を従業員に仮払いした後に,当該従業員等に対価の額の算定について意見を求め,意見が表明されればそれを聴取するという方法であっても,「意見の聴取」に該当すると評価されます。

また,特定の職務発明に係る対価の額の算定について,従業員から一々意見を求めることをしなくても,基準等により算定された対価の額について一定期間意見等を受け付ける制度が用意され,使用者等から従業員等に対して実質的に意見の聴取を求めたと評価できるようであれば,それは「意見の聴取」がなされたと評価されます。

上記したような職務発明規定が存在しない場合,あるいは,契約,勤務規則その他の定めにおいて前項の対価について定める場合には,対価を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況,策定された当該基準の開示の状況,対価の額の算定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況等を考慮して,その定めたところにより対価を支払うことが不合理と認められた場合には,その発明により使用者等が受けるべき利益の額,その発明に関連して使用者等が行う負担,貢献及び従業者等の処遇その他の事情を考慮して定められる(特許法35条5項)ことになります。

この基準は,平成16年の特許法改正前の相当対価の算定基準であり,有名な青色発光ダイオードの200億円判決が下された基準です。

職務発明規定が存在しない場合,特許法に定める要件を充たしていない場合については,過去の特許法によるリスクがそのまま継続することになりますので,今回の特許法改正を機に職務発明規定を設ける,あるいは見直す必要があるのではないでしょうか。

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