弁護士視点で知財ニュース解説

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製法特許(プロダクト・バイ・プロセスクレーム) 最高裁判決

cont_img_21.jpg特許発明の特定を化合物そのもので行うのではなく,当該化合物の製造方法により特定する製法特許(プロダクト・バイ・プロセスクレーム)に関する最高裁判決が下されました。

特許発明の特定(特許請求の範囲の記載)は,原則として発明の成果物によって特定することになりますが,製薬などの化学の分野やバイオテクノロジーの分野においては成果物で発明を特定することが困難な場合が少なくありません。

平成6年の特許法改正前には,特許請求の範囲は,「発明の構成に欠くことができない事項のみ」を記載するよう規定されており,発明の成果物によって特定することが法律上も求められると解釈されてきましたが,発明の成果物による特許発明の特定が困難である分野があることを受けて,「発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない」と規定されるようになり,これが製造方法により特許発明の特定を認める法的根拠であるされています。

製造方法により特許発明の特定を行った場合の特許権の範囲については,東京地裁においても異なる判断が行われてきたという経緯があり,「特許発明を当該製造方法に限定して解釈する必然性はなく,これと製造方法は異なるが物としては同一のものも含まれる」と判示した裁判例もあれば,「特許請求の範囲に記載された製造方法により製造された物に限定される」と判示した裁判例もありました。

また,「物の製造方法を記載しなくても物として特定することが可能であるにもかかわらず,あえて物の製造方法を特許請求の範囲に挿入したという事情が認められる場合には,出願人がこの製造方法により製造したものに限定して特許を請求したものと解される」と理解できる判決も存在しました。

知財高裁平成24年1月27日判決(平成22年(ネ)第10043号)では,

「特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の確定について,法70条は,その第1項で『特許発明の技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない』とし,その第2項で『前項の場合においては,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする』などと定めている。 したがって,特許権侵害を理由とする差止請求又は損害賠償請求が提起された場合にその基礎となる特許発明の技術的範囲を確定するに当たっては,『特許請求の範囲』記載の文言を基準とすべきである。特許請求の範囲に記載される文言は,特許発明の技術的範囲を具体的に画しているものと解すべきであり,仮に,これを否定し,特許請求の範囲として記載されている特定の『文言』が発明の技術的範囲を限定する意味を有しないなどと解釈することになると,特許公報に記載された『特許請求の範囲』の記載に従って行動した第三者の信頼を損ねかねないこととなり,法的安定性を害する結果となる。そうすると,本件のように『物の発明』に係る特許請求の範囲にその物の『製造方法』が記載されている場合,当該発明の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物に限定されるものとして解釈・確定されるべきであって,特許請求の範囲に記載された当該製造方法を超えて,他の製造方法を含むものとして解釈・確定されることは許されないのが原則である。」とし,「もっとも,本件のような『物の発明』の場合,特許請求の範囲は,物の構造又は特性により記載され特定されることが望ましいが,物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するときには,発明を奨励し産業の発達に寄与することを目的とした法1条等の趣旨に照らして,その物の製造方法によって物を特定することも許され,法36条6項2号にも反しないと解される。そして,そのような事情が存在する場合には,その技術的範囲は,特許請求の範囲に特定の製造方法が記載されていたとしても,製造方法は物を特定する目的で記載されたものとして,特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく『物』一般に及ぶと解釈され,確定されることとなる。」

との基準を示し,本件で問題となっている特許発明は,物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在しないとして,特許発明は当該製造方法により製造された化合物に限定されると判断されました。

他方,最高裁平成27年6月5日判決(平成24年(受)1204号)においては,

「願書に添付した特許請求の範囲の記載は,これに基づいて,特許発明の技術的範囲が定められ(特許法70条1項),かつ,同法29条等所定の特許の要件について審査する前提となる特許出願に係る発明の要旨が認定される(最高裁昭和62年(行ツ)第3号平成3年3月8日第二小法廷判決・民集第45巻3号123頁参照)という役割を有しているものである。そして,特許は,物の発明,方法の発明又は物を生産する方法の発明についてされるところ,特許が物の発明についてされている場合には,その特許権の効力は,当該物と構造,特性等が同一である物であれば,その製造方法にかかわらず及ぶこととなる。したがって,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても,その特許発明の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として確定されるものと解するのが相当である。」とし,「特許法36条6項2号によれば,特許請求の範囲の記載は,『発明が明確であること』という要件に適合するものでなければならない。特許制度は,発明を公開した者に独占的な権利である特許権を付与することによって,特許権者についてはその発明を保護し,一方で第三者については特許に係る発明の内容を把握させることにより,その発明の利用を図ることを通じて,発明を奨励し,もって産業の発達に寄与することを目的とするものであるところ(特許法1条参照),同法36条6項2号が特許請求の範囲の記載において発明の明確性を要求しているのは,この目的を踏まえたものであると解することができる。この観点からみると,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されているあらゆる場合に,その特許権の効力が当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物に及ぶものとして特許発明の技術的範囲を確定するとするならば,これにより,第三者の利益が不当に害されることが生じかねず,問題がある。すなわち,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲において,その製造方法が記載されていると,一般的には,当該製造方法が当該物のどのような構造若しくは特性を表しているのか,又は物の発明であってもその特許発明の技術的範囲を当該製造方法により製造された物に限定しているのかが不明であり,特許請求の範囲等の記載を読む者において,当該発明の内容を明確に理解することができず,権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪うことになり,適当ではない。他方,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲においては,通常,当該物についてその構造又は特性を明記して直接特定することになるが,その具体的内容,性質等によっては,出願時において当該物の構造又は特性を解析することが技術的に不可能であったり,特許出願の性質上,迅速性等を必要とすることに鑑みて,特定する作業を行うことに著しく過大な経済的支出や時間を要するなど,出願人にこのような特定を要求することがおよそ実際的でない場合もあり得るところである。そうすると,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法を記載することを一切認めないとすべきではなく,上記のような事情がある場合には,当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として特許発明の技術的範囲を確定しても,第三者の利益を不当に害することがないというべきである。以上によれば,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において,当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう『発明が明確であること』という要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られると解するのが相当である。」

と判示され,先の知財高裁の判決が取消され,再び知財高裁において審理が行われることになりました。

先の知財高裁の判決と最高裁の判決との違いは,技術的には特許発明の特定が可能であるが,特定する作業を行うことに著しく過大な経済的支出や時間を要するなど,出願人にこのような特定を要求することがおよそ実際的でない場合に,特許発明が特許請求の範囲に記載された製法に限定されるか否かの違いであり,知財高裁においては特許請求の範囲に記載された製法に限定されるのに対し,最高裁においては限定されないということになります。

これから行われる知財高裁における審理においては最高裁の基準に従い,本件で問題となった特許権が特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されるか再度審理されることになります。

製法によって特定された特許発明は,製法による特定の必要性が全く認められないにもかかわらず,敢えて製法を記載した場合には当該製法による化合物等に限定されることになりますが,技術的に不可能な場合や特定を行うにあたり出願人に大きな負担を強いることになる場合には当該製造とは関係なく製造されたものを基準に特許権を侵害することになるか否かについて判断されることになります。

今後は,製造されたものを特定にするにあたり,どの程度の負担がある場合に当該製法に限定されないことになるのかについて問題となりますが,これを安易に認めた場合には今回の最高裁判例の趣旨を逆に没却することになり,両者のバランスについては裁判例の積み重ねが待たれるところです。

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