医療過誤
医療過誤

療養指導義務違反

  • MRSAの患者に対する療養指導義務違反
  • 大阪地裁平成15年9月17日判決の事例を参考
  • 170万円の支払いを命じた事例

ケース

【血液透析療法の経緯】

私は、昭和62年12月ころ、慢性腎不全となり、左腕の内シャントによる血液透析療法を受けるようになりました。

私は、それ以降、何度かクリニックを変えながら血液透析療法を受け、平成7年9月20日から問題のクリニックに通院することになりました。

私は、昭和62年12月から平成7年9月2日までの間に、左腕に4箇所の内シャントを設け、新たに内シャントを作る手術を受けものの上手くいかず、引き続き同じ部分の表在化させた動脈に針を刺して血液透析を受けていました。
ところが、私の表在化動脈には動脈瘤ができていました。

【かゆみなどの発生】

私は、平成7年9月20日、血液透析を受けていましたが、そのときには特に異常はありませんでした。
ところが、翌21日午前に穿刺部がかゆくなり、午後2時半ころには赤く腫れ、膿が出てきたため、クリニックに行きました。

クリニックの看護師は、穿刺部を外用消毒剤のイソジンで消毒し、抗生物質の含まれているゲンタシン軟膏を塗布し、抗生物質のセフゾンと消炎鎮痛剤のロキソニンをそれぞれ2日分処方してくれました。

【帰宅後の症状】

私は、帰宅してしばらくした午後4時ころ、熱感があり具合が悪くなり、午後7時ころには40度を超える発熱があり、下痢もはじまりました。

私は、午後9時過ぎころ、クリニックに電話したところ、担当医師から、翌朝に診察した上で、必要なら血管の手術ができる病院を紹介するので、それまではボルタレン座薬を使うなどして様子を見て、何かあれば連絡するように言われました。

【病院への搬送】

私は、9月22日午前4時過ぎ熱が39度以上あり、午前6時にはボルタレン座薬を入れたのですが、両足が白く、冷感や痛みを感じたのでクリニックに電話をしたところ、直ぐに病院に行くように指示されました。

そして、私は、午前7時30分ころ、救急車で病院に搬送されたところ、敗血症性ショック、左総腸骨動脈血栓症であると診断されました。
なお、9月27日には、敗血症性の原因菌がMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)であることが判明しました。

私は、抗生剤の多剤併用投与を受け、一時好転の兆しが見られたものの、その後症状が悪化し、同月28日、左上腕切断手術を受けました。

質問

私は、穿刺部のかゆみを訴えてクリニックを訪問し、そのときには穿刺部から膿も出ていたのですから、何らかの病原菌による敗血症を疑い治療を行っておれば左手を切断せずに済んだと思います。

病原菌による敗血症を疑わずに放置した医師に責任はないのでしょうか。

説明

【シャント】

血液透析には、1分間に200mlくらいの血液流量が必要になります。
この量は、シャントのない静脈で取り出すにはあまりにも量が多いので、動脈に穿刺して血液を取り出す必要が出てきます。
しかし、毎回動脈に穿刺するのは大変困難で、止血時間も長くなる等、問題も多くなってしまうため、動脈と静脈を繋ぎ合せ、静脈で毎分200mlの血液が取れるようにします。
この動脈と静脈を繋ぎ合せることをシャントといいます。

シャントには、内シャント・外シャントが有り、現在ではほとんどの人が内シャントです。
内シャントは、皮膚の下で動脈と静脈を繋ぐ方法です。
この方法は、透析毎に穿刺を行い痛みがありますが、感染の危険が減ります。
外シャントは、動脈と静脈にチューブを入れ、皮膚外で繋ぐ方法です。
簡単に作製できて、すぐに使用できますが、感染の危険が伴います。

【敗血症】

敗血症は、菌血症あるいは局所の感染病巣によって引き起こされた過剰な生体反応で、サイトカインの過剰な分泌がその病態の中心となっているものであり、必ずしも菌血症が生じている必要はないとされています。

過剰なサイトカインによる病態は、全身性炎症反応症候群(SIRS)と定義され、体温38度以上又は36度以下、心拍数毎分90回以上、呼吸数毎分20回以上又はPaCO 32?Hg2 未満、白血球数12,000/μç以上又は4,000/μç以下あるいは幼若白血球10%以上のうち、2項目以上を満たすものとなっており、SIRSが感染症によって生じたものが敗血症と定義されています。

敗血症は、発熱、頻脈、頻呼吸などの臨床症状がみられ、さらに乏尿、低血圧、精神不穏などを伴った敗血症性ショック、さらに播種性血管内凝固症候群(DIC)、成人呼吸促迫症候群(ARDS)、多臓器機能不全症候群(MOF)へ進展することがあります。

敗血症の原因菌は、侵入門戸となる原発病巣により偏りがありますが、黄色ブドウ球菌、腸球菌、大腸菌、緑膿菌などが主なものです。

【敗血症の治療】

敗血症の治療は、原因菌に対する抗菌療法、感染巣に対する治療、サイトカインによって引き起こされた病態に対する対応がいずれも重要であり、可能な限り迅速に対処する必要があるとされています。
敗血症は多くの場合、救急疾患であり、診断時には病原体が判明しない場合が多いのが特徴です。
したがって、治療開始時には、広範囲の病原体をカバーするような抗菌薬の選択が必要となります。

また、感染巣により特徴的な病原体があるため、これらを考慮した抗菌薬の選択を行う必要もあります。
原因菌不明の場合の抗菌薬として、チェナム、モダシン、ペントシリン等を単剤あるいは併用で点滴静注します。
膿瘍や死腔を形成している場合は、その解放やドレナージが重要となります。

サイトカインによってもたらされた血管の拡張に伴う循環動態の悪化に対しては、注意深いモニターが必要です。
血圧、心拍数、呼吸数、尿量、動脈血ガス分析などを頻回にチェックし、必要な場合十分な電解質輸液を速やかに開始する必要があります。

また、ショックの場合には、ステロイドの使用を考慮しなければなりません。

【裁判所の判断】

一般に、透析患者は、腎不全に伴う抵抗性減弱により、感染性しやすい状況にあり、穿刺部の動脈瘤そのものではないとしても近接した箇所であり、しかも、感染性の動脈瘤は、敗血症を起こしやすく、治療面でも困難が多いので十分注意しなければならないとされていることからすれば、その後の経過に注意を払わねばならない状況にはあったというべきであると判断されました。

しかしながら、午後2時40分ころの時点では、穿刺部の局所感染にとどまっており、治療をしても効果なく急速に進行し、敗血症を含む全身性の感染症になることを予見すべき具体的な徴候までは認められず、3月29日ころ、動脈側穿刺部に皮下膿瘍ができたので、排膿し、穿刺部をイソジンで消毒し、ゲンタシン軟膏を塗布した上で、抗生物質のホスミシンを投与し、さらに、同年4月5日ころにも、動脈側穿刺部に前よりも広範囲に皮下膿瘍ができたが、同様に穿刺部をイソジンで消毒し、ゲンタシン軟膏を塗布した上で、抗生物質のセフゾンを投与したことにより、症状が治まったことから、9月21日に局所感染に対する治療として、前記認定の治療をした上で、翌朝来院するように指示した措置が不適切であるとはいえないとされました。

ただ、9月21日午後9時ころの症状から、敗血症になっていたか少なくともその疑いが極めて濃厚であったと認められ、穿刺部の感染に引き続き、全身症状が悪化していること、抵抗性の減弱している慢性腎不全患者であること等に照らすと、この時点で敗血症の疑いを持つべきであり、翌朝の診察まで待てない状況にあることは明らかであって、時間的、地理的な面から自ら診察することができなくとも、速やかに救急病院に行って医師の診察を受けるよう指示・指導すべき注意義務があったとし、これを行わなかった医師の過失を認めました。

しかし、9月21日午後9時過ぎの時点で、仮に医師の指示があり、救急病院に搬送され、緊急入院したとしても、敗血症性ショックに陥ることを防止できた可能性は低いとし、医師の過失と左上腕切断との間に相当因果関係があると認めることはできないと判断しました。

ただ、9月21日の時点で治療をおこなっておれば、左腕の切断を回避することができた可能性は全く否定することはできないとして、医師が医療水準にかなった医療を行わなかったことと患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないけれども、当該医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明される場合には、医師は、患者がその可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負うものと解するのが相当であるという最高裁判例をを引用し、身体の健全性を維持することは生命と同様人にとって基本的な利益であって、その健全性を維持し得た可能性は法によって保護されるべき利益であるから、本件のように片腕を失うというような人が生活していく上で重大な障害を負ったような場合には、被告は、私が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき義務があるというべきであるとし、慰謝料150万円、弁護士費用20万円の損害賠償を認めました。

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