医療過誤
医療過誤

肺塞栓症の治療上のミス

  • 肺塞栓症に対して適切な検査・診断を怠った過失
  • 東京地裁平成16年5月27日判決の事例
  • 6,900万円の支払いを命じた事例

ケース

【診察】

妻は、7月16日の朝、出勤する途中に胸苦しさや胸痛を感じたため、最寄りクリニックで診察を受けました。そのクリニックでの診察の結果、妻は狭心症の疑いがあることを指摘され、近日中に循環器の専門病院で診察を受けるよう勧められたそうです。

【16日の様子】

妻は、16日の午後11時ころ、帰宅しました。
ところが、玄関から屋内に上がってくる気配が一向に感じられなかったため、玄関まで様子を見に行ったところ、妻は玄関にうずくまっていました。そして、妻は、着替えることも食事を取ることもせずに、すぐに寝室へ行きました。

【17日の様子】

17日の朝、妻は普段よりも起床時刻が遅く、トイレに行く動作もゆっくりであり、顔色もやや青ざめていました。そこで、私が妻に尋ねると、妻がクリニックで診察を受けたことや循環器の専門病院で診察を受けるよう勧められたことを説明してくれました。

そして、私は、妻に仕事を休ませ、クリニックに紹介状を書いてもらい、循環器の病院連れていくことにしました。ところが、妻は、病院に行く途中で動けなくなりましたので、私は、119番通報をして、救急車を呼び、紹介状を書いてもらった病院に搬送してもらいました。

【カテーテル検査】

妻は、病院に搬送され、診察が開始されたときには無症状となっていましたが、ここ数日、自転車で動いたり、階段を上ったりしたときに、胸部圧迫感があり、しばらく休むと治ることを訴えました。

すると、医師は、血圧測定、心拍数測定、採血、胸部レントゲン撮影、心電図といった検査を行うとともに、循環器科の医師の診察を要請しました。

そして、妻は、循環器科の医師による診察を受け、その医師に対しても、数日前から労作時に胸部に不快感があったこと、前日にBクリニックで診察を受けたこと、当日もトイレの後に胸痛があったこと、自転車に乗っていたら胸が苦しくなって救急車を呼んだことなどを訴えていました。

そこで、その医師は、妻が狭心症を発症していることを疑い、心エコー検査と心カテーテル検査(冠動脈造影検査)を実施すると説明してくれました。
そして、心カテーテル検査を行ってもらったのですが、冠動脈狭窄の疾患、冠動脈の攣縮、左室の壁運動の低下がいずれも認められませんでした。そこで、狭心症や心筋梗塞は生じていないと判断されましたが、一応入院することになりました。

【心エコー検査】

妻は、入院後の午後5時30分ころから心エコー検査を受けました。
検査報告書には、肺動脈圧については「38mmHg」、下大静脈については「29〜20mm」、「ややコンプライアンス弱いです」と記載されていました。
なお、妻は、午後7時ころ、心カテーテル検査の際のカテーテル挿入部位の止血中に、看護師に対して、動くと少し苦しいと、軽度の気分不快を訴えていました。

医師は、心エコーの報告書を読んで、肺動脈圧については、微妙な数値で、正常なものでもこの程度の数値を示すことがあると判断したが、下大静脈については、コンプライアンス(下大静脈が呼吸に伴って大きくなったり小さくなったり変動すること)が弱く、かつ拡張しており、肺動脈圧の数値と下大静脈の状態が合致していない(下大静脈の状態から判断すると、肺動脈圧はもっと高くなってよいはずなのに、それほど高い数値を示していない)ので、心電図を見直してみたところ、右心負荷傾向を示す所見が確認しました。そして、その医師は、肺塞栓症の可能性についても検討すべきものと考えたそうですが、心エコービデオの画像を確認することまではしませんでした。

【翌朝の症状】

午前6時55分に、妻がナースコールで苦しいと訴えたことから、看護師が訪室したところ、妻には胸部痛、冷汗、過換気気味といった症状が認められ、間もなく、痙攣を起こし、意識も消失しました。

医師は、気管内挿管や心マッサージ等の措置が行われる中、心エコー器による検査を実施したところ、左室の圧排が認められたことから、肺塞栓症を発症していると考えたそうです。
そして、PCPS(補助人工心肺装置)、IABP(大動脈バルーンパンピング)を挿入するとともに、肺動脈造影を施行したところ、左右の肺動脈に大量の血栓が確認できたそうです。
そして、医師は、血栓溶解剤の投与やスプリングワイヤーによる血栓の破砕を行いましたが、午後5時17分に妻は亡くなりました。

質問

医師が狭心症や心筋梗塞だけでなく、肺塞栓の可能性も疑い検査・診断を行ってくれていれば、妻は亡くならずに済んだとおもうのです。医師や病院に責任はないのですか。

説明

【肺塞栓】

肺塞栓症とは、塞栓子が静脈血流にのって肺動脈(静脈血を酸素化のために肺に送る大血管)あるいはその分枝を閉塞し肺循環障害を来した状態を言います。

肺梗塞とは、肺塞栓症の結果、肺組織に出血性壊死(えし、組織が死んでしまう事)をおこした状態を言いますが、通常肺組織は肺動脈と気管支動脈との二重の血液供給を受けており多くの場合では塞栓症が即、肺組織の壊死とはなりません。頻度的には肺梗塞は肺塞栓症の10%以下とされています。

肺塞栓の塞栓子としては、下肢深部静脈にできた血栓が大部分を占め、このほかには骨折により放出される脂肪組織や、羊水・空気等があります。
深部静脈血栓症の患者の50%に肺塞栓症が合併し、肺塞栓症の患者の70%に深部静脈血栓症が合併しており、両者は一連の疾患として静脈血栓塞栓症と総称されます。
脳梗塞や心筋梗塞の原因となる血流速度の速い動脈におこる血小板が中心の血栓とは違い、静脈の血栓は血流のうっ滞、血管障害、血液凝固能の亢進の3つの因子が関係はしますが、血流のうっ滞が主因です。

【裁判所の判断】

医師は、狭心症のような冠動脈疾患を最も疑って心カテーテル検査を実施したが、その可能性が否定され、その後心エコー検査を実施したのであるから、心エコー検査時には、強い胸痛を起こす胸部疾患で、症状に変動のあるもの、しかも、冠動脈疾患や呼吸器系の疾患以外のものを疑って実施されたものと評価し、担当した医師の肺塞栓症についての経験からすれば、肺塞栓症の可能性がある(血栓子が詰まっては流れ、詰まっては流れている可能性がある)ことは認識できたものと認められると判断しました。

そして、医師は、問診で労作時に胸部に不快感を感じるようになったのは数日前からのことであり、17日には、トイレの後に胸痛があったこと、自転車に乗っていたら胸が苦しくなって救急車を呼んだことを聞いているのであるから、仮に肺塞栓症であれば、それは、慢性の肺塞栓症ではなく、急性の肺塞栓症である可能性が高いことも認識できたとも判断しました。

また、肺塞栓症は、症状に変動があり(血栓子が詰まったときは胸痛や呼吸苦があるが、それが流れれば症状が消失又は軽快する。)、文献上、急性肺塞栓症(急性肺血栓塞栓症)は、再発を起こしやすいことから、発症後の再発予防はきわめて重要であり、あと1日様子をみようという考え方が死を招くので注意を要するとされているのであるから、肺塞栓症の可能性があれば、症状が乏しかったとしても、肺塞栓症であるか否かを心エコーで早急に確認する必要があったとして、早期に心エコー検査を実施し、肺塞栓であることを見落とした医師の過失を認めました。

そして、医師が肺塞栓であることを認識し、ヘパリンの投与が行われていたなら急性肺塞栓の再発を防ぐことができ、奥さんが亡くなることもなかったとして、約6,900万円の損害賠償を命じました。

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