医療過誤
医療過誤

問診・検査の注意義務違反

  • くも膜下出血の問診・検査に関する注意義務違反
  • 大阪地裁平成15年10月29日判決の事例を参考
  • 7,000万円の支払いを命じた事例

ケース

【くも膜下出血が発見される経緯】

夫は、9月4日午後7時30分ころ、会社から帰宅し、私に対し、「頭がおかしい。」と伝えていました。

そして、夫と私は、この日、夫の運転で食事に出かけたのですが、夫は、運転を始めて5分も経たないうちに、突然「頭が痛い。このまま運転していたら事故を起こすから帰る。」と言い出し、帰宅しました。

夫は、帰宅した直後に嘔吐したので、私や息子は、病院に行くように勧めたのですが、「昨日深夜まで飲酒したのと、今日走ったことが原因だ。」と言って、病院へ行くことを嫌がりそのまま就寝しました。

夫は、その後も夜中に何度か嘔吐していました。

夫は、9月6日、激しい頭痛のため起き上がることができず、食事も摂れない状態であったため嘔吐するものがなくなっていましたが、嘔気を催していました。

私は、9月6日午後5時ころ、夫を病院に連れて行きました。

夫は、医師に、9月4日にアルコールを多飲し、5日の夜間に過度な運動をし、その後に前頭部に激しい頭痛を発症するとともに、頻回嘔吐をしたと説明していました。

すると、医師は、くも膜下出血を含む病変の可能性を疑いましたが、嘔吐が治まっていると判断されたこと、血圧132/83、脈拍78と正常であること、独歩が可能であること、血液検査、尿検査、平衡機能検査、両側眼底検査の結果もいずれも異常はないこと、項部硬直も認められなかったことから、アルコールの多飲に加えて過度の運動をした後に脳血管が一時的に拡張して起こった頭痛の可能性が高いと考え、CT撮影をするまでもなく、くも膜下出血は否定されると判断し、CT撮影が可能な病院への転医することも検討しませんでした。

夫は、診察してもらった病院にMRIがあることから精密検査を受けることを希望し、MRI検査を受けましたが、画像上くも膜下出血はありませんでした。

医師は、脳波異常を伴う偏頭痛の可能性等も考慮して脳波検査を実施したが、脳波も正常域でした。

医師は、夫に対し、「頭痛はくも膜下出血によるものではない、ストレスによるものである。」と告げ、内服の鎮痛剤を処方して夫を帰宅させました。

夫は、9月7日、8日、9日も頭痛が続いたため、終日寝込むような状況で、10日には会社に出勤したものの、午後7時帰宅し寝込んでいました。

私は、9月10日午後11時ころ、夫のいびきの音に気付いて様子を見に行ったところ、意識がなく、呼びかけたが反応しない状態となっていました。

そこで、夫を救急センターに搬送してもらい頭部CT撮影を行ってもらったところ、くも膜下出血と診断されましたが、脳圧が高いため手術ができる状態ではありませんでした。

また、11日には脳血管造影を行ってもらい、左内頚動脈・後交通動脈分岐部の動脈瘤が発見されました。

夫は、9月12日には臨床的脳死と診断され、27日に亡なりました。

質問

夫は、頭痛に耐えきれずに病院に行ったわけですから、最初に病院を訪れた際には既にくも膜下出血が生じていたと思うのです。
医師としては、これを早期に発見し、夫の症状が悪化しないようにすべき義務があったと思います。
夫を診断した医師に責任はないのでしょうか?

説明

【くも膜下出血の症状】

くも膜下出血の症状の最大の特徴は、突発的で持続性のある頭痛、悪心、嘔吐です。ただし、軽い頭痛の場合もあり、風邪を引いて頭が痛いなどと訴えて外来受診する場合も少なくありません。

くも膜下出血は、くも膜下腔(髄液内)への出血で、原因の大部分は、脳の主幹動脈の動脈瘤破裂によるものです。

太い動脈の破綻により水中へ出血するので、血液は頭蓋内から脊髄に至る全くも膜下腔に瞬間的に広がるため、症状としての頭痛が突発的に起こるのです。また、広がった血液による髄膜刺激はすぐには治まらないので、髄膜刺激症状としての頭痛、悪心、嘔吐は短くても数時間、通常は数日間続きます。

くも膜下出血の場合、圧の高い主幹動脈からの出血であるため、瞬間的に頭蓋内圧が血圧近くまで冗進し、出血が止まると徐々に低下します。そして、頭蓋内圧が高くなった状況では脳の毛細血管が圧迫され、脳は虚血状態となり意識が障害されますが、その後、頭蓋内圧が下がると意識は回復してくるため、意識障害は発作の直後から起こり一過性であることが多いです。ただ、脳の虚血状態が長く続いた場合には、昏睡状態が持続する場合もあります。

また、眼底出血が認められることもあります。

くも膜下出血の特徴として、髄膜刺激症状である項部硬直やケルニッヒ兆候などが認められますが、髄膜刺激症状はくも膜下出血発作の直後には認められない場合が多く、発作後24時間を経過するまでの間は認められないことがある。

くも膜下出血のみであれば、出血はくも膜下腔に限局しており、脳実質は出血によって直接破壊されないので、運動麻痺、感覚障害、言語障害などの局所症状は一般的には伴いません。 くも膜下出血の急性期には血圧が高いことが多い。

【くも膜下出血の診断】

病歴や神経症状からくも膜下出血が疑われるときには、出血の確定診断として、CTが必須となります。

脳底部のくも膜下腔の部分には、通常は髄液があり黒く低吸収域として描出されるが、くも膜下出血後の数日以内は、出血によって白く高吸収域として描出されるため、この所見が得られた場合には、くも膜下出血との確定診断ができます。

出血が少ないと診断が困難で、また、日数が経つと診断率は落ちますが、発作当日のCTでは90%以上が診断可能です。

臨床的にくも膜下出血が疑われるものの、CTで出血の所見が得られない場合には、腰椎穿刺による髄液検査が必要となります。

MRIでは急性期の出血をよく描出しないので、急性期のくも膜下出血を含めた出血の診断には有用ではありません。

【大阪地裁の判断】

判決では、5日に初回の出血があったと認定され、6日に受診した当時には、くも膜下出血を発症していたものと認められると結論づけました。
また、10日にも再出血があったと認定されています。

そして、判決は、「医師としては、患者がくも膜下出血を疑うべき症状を訴えている場合には、当該所見がくも膜下出血の症状か否かを判断するため、頭痛の発症形式、程度、持続時間、嘔吐や嘔気の有無や持続期間等について、詳細な問診を行い、くも膜下出血による頭痛に特徴的な事情の存否を聴取するべき注意義務があるというべきである。そして、前記医学的知見によれば、くも膜下出血を疑うべき臨床所見が認められた場合に、くも膜下出血の有無の確定診断をするためには、CT撮影が必須であるとされているから、CT所見によりくも膜下出血が否定されない限り、くも膜下出血ではないとの確定診断をつけることはできないというべきであり、CT撮影を行うことなく、くも膜下出血ではないとの判断を軽々にするべきではない。

そして、くも膜下出血による生命身体に対する危険性をも考慮すると、医師としては、くも膜下出血の疑いが払拭されない限り、CT撮影を行って出血の有無を確認すべき注意義務があり、自らCT撮影ができない場合には、CT撮影が可能な医療機関に直ちに転医させるべき注意義務があるというべきである。」とし、本件の医師の問診義務違反、転医義務違反を認めました。

また、9月6日当時の症状が比較的軽度であったことからすれば、術後の回復可能性が高かったものと考えられるから、上記の注意義務を尽くしていれば救命できたとして、約7,000万円の損害賠償を命じました。

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