知的財産
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先使用権立証の準備

先使用権とは

早い者勝ちの先使用権不正競争防止法上の営業秘密を保有していても、偶然に同じ情報を取得するに至った者に対して、その情報を使用することを差止めることはできません。他方、特許権を得ている場合、偶然同じ発明を行った者に対しても特許権に基づく差止請求を行うことが原則可能です。

ただし、特許法などでは、一定の要件で、先行する発明者による実施を認めています。これは、一般的に先使用権と言われています。

特許法などでは、「出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して、特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者は、その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において、その特許出願に係る特許権について通常実施権を有する。」と規定されています。

つまり、偶然に特許発明と同様の発明を行った、あるいは特許出願されている発明の内容を知らずに特許出願と同様の発明を行った者から知得して、特許出願がされる時点では既に、当該発明に関する事業を行っていた、あるいは事業を行う準備をしていた場合には、登録された特許発明について通常実施権が認められ、差止請求や損害賠償請求を回避することができるのです。

情報のブラックボックス化を選択した場合、後発者が特許出願を行う可能性があり、権利化されたときには差止請求や損害賠償請求を受ける可能性があります。

ブラックボックス化を選択した場合には、これらの請求から逃れるために、当該特許権に対して先使用権を主張・立証できるように準備しておく必要があるのです。

事業の準備とは

事業の準備とは先使用権が認められるためには、特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明するか、特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得していることが前提条件となっています。ですから、特許発明と同様の発明を独自に行う、あるいはそのような発明を行った者から知得する必要がるのです。

出願の際に、現に事業を行っている、あるいは事業の準備を行っている必要があります。ここで「事業を行っている」というのは一見明らかです。しかし、どの程度準備していれば、「事業の準備」があるとみとめられるのでしょうか。

最高裁の基準

最高裁昭和61年10月3日「ウォーキングビーム事件」判決は次のとおり判示しています。

『事業の準備」』は、特許出願に係る発明の内容を知らないでこれと同じ内容の発明をした者又はこの者から知得した者が、その発明につき、即時実施の意図を有しており、かつ、その即時実施の意図が客観的に認識されうる態様、程度において表明されていることをいう。」。

ウォーキングビーム式加熱炉は、引合いから受注、納品に至るまで相当の期間を要し、しかも大量生産品ではなく個別的注文を得て初めて生産にとりかかるものであつて、予め部品等を買い備えるものではないことも、原番の適法に確定するところであり、かかる工業用加熱炉の特殊事情も併せ考えると、被上告会社はA製品に係る発明につき即時実施の意図を有していたというべきであり、かつ、その即時実施の意図は、富士製鉄に対する前記見積仕様書等の提出という行為により客観的に認識されうる態様、程度において表明されていたものというべきである。」。

したがって、被上告会社は、本件特許発明の優先権主張日において、A製品に係る発明につき現に実施の事業の準備をしていたものと解するのが相当である。

事業の準備の判断

ある行為が「事業の準備」といえるか否かの判断は、当該行為のみの性格では判断できないところがあります。一般的には、以下の基準で個別具体的に判断していくしかありません。

  • 先使用発明の対象となるものの性格
  • 研究開発、発明の完成、事業の準備、事業開始に至るまでの経過
裁判例

「事業の準備」に関する裁判例を整理しますと以下のとおりです。設計見積段階や試作前の段階でも「事業の準備」があったと認定している裁判例があるかと思うと、試作段階を経過したものでも否定されているものがあります。

設計・見積段階
  • 東京地判H12、4、27:カーボネートの連続的製造方法の基本設計・見積の実施→肯定
  • 東京高判H14、6、24: 6本ロールカレンダーの構造等の概略図面作成→否定
試作前
  • 大阪地判H17、7、28:モンキーレンチの金型図面完成、試作材料の発注→肯定
試作後
  • 大阪地判H11、10、7:摘み機量産化以前の試作品の製造販売→肯定
  • 東京地判H3、3、11:汗取りバンドの試作品の完成・納品→肯定
  • 大阪地裁S63、6、30:墜落防止安全帯用尾錠の改良前試作品の製造→否定

以上のように、「事業の準備」の判断については、具体的事案ごとの微妙な判断が行われることになります。 技術情報のブラックボックス化のリスクの1つとして、事業が実施段階に達していない場合に、特許権者から差止められる可能性があるという点があることを留意してください。

先使用権の立証

先使用権が認められるためには、少なくとも、第三者による特許出願の際に「事業の準備」を行っていなければなりません。一般的に、特定の技術というのは、以下の経過を辿ります。

  1. 研究開発
  2. 発明の完成
  3. 事業の準備
  4. 事業実施
  5. 実施形式の変更

つまり、「事業の準備」があるといえるには、その発明が完成していなければならないのです。

最高裁昭和61年10月3日「ウォーキングビーム事件」判決は、なにをもって発明の完成と言えるかについても判示しています。

発明とは、自然法則を利用した技術的思想の創作であり(特許法2条1項)、一定の技術的課題(目的)の設定、その課題を解決するための技術的手段の採用及びその技術的手段により所期の目的を達成しうるという効果の確認という段階を経て完成されるものであるが、発明が完成したというためには、その技術的手段が、当該技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていることを要し、またこれをもつて足りるものと解するのが相当である(最高裁昭和49年(行ツ)第107号同52年10月13日第一小法廷判決・民集31巻6号805頁参照)。したがつて、物の発明については、その物が現実に製造されあるいはその物を製造するための最終的な製作図面が作成されていることまでは必ずしも必要でなく、その物の具体的構成が設計図等によって示され、当該技術分野における通常の知識を有する者がこれに基づいて最終的な製作図面を作成しその物を製造することが可能な状態になっていれば、発明としては完成しているというべきである。

「事業の準備」があったことを立証するためには、以上の最高裁判例を参考に、発明の完成時期を確定させ、それに加えて具体的に行っていた事実を丁寧に立証する必要があります。

それは、「事業の準備」について立証することは、誰が、何時、どのような技術を発明し、どのように事業化への検討が行われていたかを立証することに他なりません。

これらを示す証拠としては、以下のものが考えられます。

  • ラボノート、技術成果報告書
  • 設計図、仕様書
  • 試験結果報告書
  • 事業化計画書、事業化承認書、議事録
  • 受発注書、見積書、請求書、納品書
  • 企画書、提案書
  • 作業報告書

社内資料だけでは、時に証拠の信用性が問題となることがあります。このような懸念を払拭するには、公証手段を活用する方法があります。証拠化に利用できる公証手段としては以下のものがあります。後日の紛争に備えて、これらの公証手段を活用することも検討すべきであると考えます。

確定日付

公証人の確定日付印を押捺することにより、その文書の押捺の日付を確定し、当該日付日において当該書面が存在したことを証明する。

私署証書認証

署名、署名押印又は記名押印の真正を公証人に証明してもらう。面前認証、自認認証、代理認証の3つの方法があります。

宣誓認証

公証人が私署証書に認証を与える場合において、当事者がその面前で証書の記載が真実であることを宣誓した上、証書に署名若しくは押印し、又は証書の署名もしくは押印を自認したときは、その旨を記載して認証する。

これは、裁判手続における供述調書のようなものといえます。制裁の裏付けのある宣誓によって、記載内容が真実、正確であることを作成者が表明した事実を公証することになります。

事実実験公正証書

公証人が五感の作用により直接見聞した事実を記載した公正証書。これは、裁判手続における検証調書のようなものといえます。

先使用権の範囲

最高裁昭和61年10月3日「ウォーキングビーム事件」判決は、先使用権が認められた場合の範囲についても言及しています。

上記判例では、先使用権の範囲について以下のとおり判示されています。

先使用権の効力は、特許出願の際に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式だけでなく、これに具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更された実施形式にも及ぶ。

また、上記のとおり判示する理由として以下のとおり判示されています。

先使用権制度の趣旨が、主として特許権者と先使用権者との公平を図ることにあることに照らせば、特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式以外に変更することを一切認めないのは、先使用権者にとつて酷であって、相当ではなく、先使用権者が自己のものとして支配していた発明の範囲において先使用権を認めることが、同条の文理にもそうからである。

では、逆に実際に実施されていたものが特許発明の一部にしか相当しないときはどのような範囲で先使用権が認められるのでしょうか。この場合、当該特許発明の当該一部にしか及ばないとされています。

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