知的財産
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無効の抗弁

侵害の可能性がある場合には権利を無効にできないか検討する

「キルビー事件」判決以前

特許法は、特許に無効理由が存在する場合に、かかる特許権をを無効にする方法として特許無効審判制度を設け(123条1項)、特許権を無効にするためには特許庁に対して無効審判の申立てをする必要があります。

そして、特許権は、無効審判が確定するまで適法かつ有効に存在することになります。
また、特許権侵害を審理する裁判所は、大審院以来一貫して特許の無効理由について判断することができないとされてきました(大審院明治37年9月15日判決・刑録10輯1679頁、大審院大正6年4月23日判決・民録23輯654頁)。

しかし、特許権侵害訴訟において、無効理由を包含することが明らかに認められる特許権であると判断されることも少なくありません。

そして、かかる特許権に基づく侵害判断を回避するために、特許請求の範囲に公知技術が含まれないように限定解釈するという手法や、被疑侵害物件が公知技術と同一、又は、出願時において当業者が容易に推考できる場合には、公知技術は公共財産であることを理由に特許権侵害を否定する自由技術の抗弁が認められてきました。

「キルビー事件」判決

判決の内容

特許請求項の無理な解釈や、自由技術の抗弁を認めるのであれば、端的に特許無効の抗弁を認めるべきであるという考え方や、無効理由を包含する特許権に基づく権利行使が権利の濫用であるとしてこれを認めないという考え方が主張されるようになりました。

そして、「キルビー事件」判決(最高裁平成12年4月11日判決)において権利濫用を理由に権利行使を否定することが認められました。

「キルビー事件」判決では、無効理由を包含する特許権に基づく権利行使は衡平の理念に反すること、紛争はできるかぎり短期間に1つの手続で解決する要請があること、168条2項が特許に無効理由が存在することが明らかであって無効とされることが確実に予見される場合にまで訴訟手続を中止すべき旨を規定したものと解することができないとの理由により、「特許の無効審決が確定する以前であっても、特許権侵害訴訟を審理する裁判所は、特許に無効理由が存在することが明らかであるか否かについて判断することができると解すべきであり、審理の結果、当該特許に無効理由が存在することが明らかであるときは、その特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求は、特段の事情がない限り、権利の濫用にあたり許されないと解するのが相当である。」と判示されました。

この結果、特許権は対世的に有効であるにもかかわらず、当該事案においては特許権の行使が認めらないということになりました。

無効理由

本判決では、無効理由について何らの制限も加えていないため、新規性、進歩性、先後願、冒認出願等、123条に規定されている無効理由全てを含むと解することができるとされています。

なお、裁判所において進歩性判断を行うことを理由に、進歩性を理由とする権利濫用の抗弁は認めるべきではないという考え方もありますが、「ボールスプライン軸受事件」判決(最高裁平成10年2月24日判決)では、公知技術との容易想到性判断を行うことが予定されていることとの比較からも、殊更に進歩性を理由とする権利濫用の抗弁を除外する理由はないと考えます。

ただし、特許権侵害訴訟において進歩性がないことを理由に権利濫用の抗弁を認めて請求を棄却し、これが確定した後に無効審判手続において有効と判断された場合には、請求棄却された侵害事件で再度訴えを提起することはできないため、進歩性判断が微妙であるとき権利濫用の抗弁を認めることに慎重にならざるを得ません。

そこで、本判決では、「当該特許に無効理由が存在することが明らかであるとき」に権利濫用の抗弁を認めると判示され、侵害訴訟裁判所において、無効審決が確定する前であっても、その行使が許されないと判断できるほどに無効理由があることが明らかな場合にのみ権利濫用の抗弁が認められることになります。

特段の事情

本判決では、「特段の事情」がある場合には、権利濫用の抗弁が認められないとされていますが、「特段の事情」として「訂正審判の請求がされている」ことを例示しています。

ただし、この点については、単に訂正審判の請求がなされているだけでなく、特許無効理由が解消され、かつ、訂正後の特許請求の範囲に基づき侵害が認定できる場合に限定されるべきであると解釈されています。

すなわち、権利濫用の抗弁が主張された場合に、訂正審判請求あるいは訂正請求を行っていること、訂正の内容、被疑侵害物件が訂正後の特許請求の範囲に含まれることが再抗弁となります。

なお、「電源装置事件」判決(東京地裁平成12年12月19日判決)では、当該特許に無効理由があることが明らかであり、かつ、仮に訂正請求が認められても訂正後の特許に無効理由があることが明らかであることを理由に、「本件特許については、訂正請求の帰すうのいかんにかかわらず無効理由があることが明らかであるから、本件特許権に基づく本件請求は権利の濫用として許されない。」と判示されています。

また、訂正請求が認められるか否かが明らかでない場合には、訴訟手続が中止(168条2項)される取扱いになっています。

裁判所と特許庁における判断の齟齬

無効審判手続において特許権が有効であるとの判断が確定した後に、侵害訴訟において無効理由があることを理由に権利濫用の抗弁を主張することが許されるかという問題があります。

この点、侵害訴訟の被告が無効審判を申し立て、同時に侵害訴訟においても権利濫用の抗弁を主張したが、先に不成立審決が確定した場合、他人の申し立てた無効審判請求において不成立審決が確定した後、侵害訴訟で同一事実同一証拠に基づいて無効を主張することが許されないとする見解があります。

他方、無効審判手続において特許が有効であるとの判断が確定した後であっても侵害訴訟において、権利濫用を認めて請求を棄却することは可能であり、167条がその妨げにはならないという見解もあります。

また、侵害訴訟の当事者が申し立てた無効審判請求と他人が申し立てた無効審判請求を区別し、後者については自ら手続に関与する機会が与えられなかったこと、167条に違憲の疑いがあることを理由に権利濫用の抗弁を主張することができるという見解があります。

なお、侵害訴訟において特許有効と判断したが、後に無効審判において特許が無効であると判断された場合、再審事由にあたります(民訴338条1項8号)。他方、侵害訴訟において特許無効と判断されたが、無効審判において特許が有効と判断された場合には行政処分が変更されていませんので、前記のとおり再審事由にはあたりません。

無効の抗弁

内容

「キルビー事件」判決による限り特許無効の理由があることが明らかと認められるか否かの予測が困難である、明らか否かにかかわらず侵害訴訟において特許の有効性につき判断されることが望ましいという意見があり、平成16年改正により「特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者又は専用実施権者は、相手方に対しその権利を行使することができない。」(104条の3第1項)という規定が設けられました。

本規定は、「当該特許に無効理由が存在することが明らかであるとき」に代えて「特許無効審判により無効とされるべきものと認められるとき」に無効の抗弁を認めることとし、「キルビー事件」判決が根拠とした衡平の理念、紛争の一回解決の要請、訴訟経済を根拠とした判例法理をさらに推し進めることとなりました。

無効の抗弁は、明白要件が撤廃され、無効理由の制限が加えられていないため、進歩性を理由とする抗弁の主張が認められることが明確になりました。

訂正の再抗弁

「キルビー事件」判決と同様に、訂正審判の請求がなされて特許無効理由を解消し、かつ、訂正後の特許請求の範囲に基づき侵害が認定できる場合には無効の抗弁の主張が認められません。

また、訂正請求が認められるか否かが明確でない場合に侵害裁判の訴訟手続が中止されることについても同様であると考えます。

さらに、無効審判手続において特許権が有効であるとの判断が確定した後に、侵害訴訟において無効の抗弁を主張することが許されるかについても、前記した争いがあるところです。

無効の抗弁の制限

無効の抗弁は、濫用防止の観点から「前項の規定による攻撃又は防御の方法については、これが審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められるときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる。」と規定されています。

当該規定により、時機に遅れた無効の抗弁の主張や、大量の引用例を提出することで徒に審理の遅延を招くような無効の抗弁の主張は認められません。

なお、「ナイフ加工装置事件」判決(最高裁平成20年4月24日判決)では、無効の抗弁に対する訂正審判請求の再抗弁主張についても時期的な制限がある旨の判示がなされています。

すなわち、「本件訂正は特許請求の範囲の減縮に当たるものであるから、これにより上記無効理由が解消されている可能性がないとはいえず、上記無効理由が解消されるとともに、本件訂正後の特許請求の範囲を前提として本件製品がその技術的範囲に属すると認められるときは、上告人の請求を容れることができるものと考えられる。

そうすると、本件については、民訴法338条1項8号所定の再審事由が存するものと解される余地があるというべきである。」、「しかしながら、仮に再審事由が存するとしても、以下に述べるとおり、本件において上告人が本件訂正審決が確定したことを理由に原審の判断を争うことは、上告人と被上告人らとの間の本件特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるものであり、特許法104条の3の規定の趣旨に照らして許されないものというべきである。」、

「特許法104条の3第1項の規定が、特許権の侵害に係る訴訟(以下「特許権侵害訴訟」という。)において、当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められることを特許権の行使を妨げる事由と定め、当該特許の無効をいう主張(以下「無効主張」という。)をするのに特許無効審判手続による無効審決の確定を待つことを要しないものとしているのは、特許権の侵害に係る紛争をできる限り特許権侵害訴訟の手続内で解決すること、しかも迅速に解決することを図ったものと解される。そして、同条2項の規定が、同条1項の規定による攻撃防御方法が審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められるときは、裁判所はこれを却下することができるとしているのは、無効主張について審理、判断することによって訴訟遅延が生ずることを防ぐためであると解される。このような同条2項の規定の趣旨に照らすと、無効主張のみならず、無効主張を否定し、又は覆す主張(以下「対抗主張」という。)も却下の対象となり、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正を理由とする無効主張に対する対抗主張も、審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められれば、却下されることになるというべきである。」

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